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青ひげ公の城

昨日のブログの続きになるが、お誕生日に皆様からプレゼントを沢山、頂いた。日本映画最高の監督、黒澤のDVD、マンゴーの濃い薫りがするボディークリーム、麻地に薔薇のあしらったブックカバー、シガレットケース型のミントシロップ・・・・などなどちいさく、美しい様々なもの。なぜか私の詩を編んだ葉書までいただいて赤面だった。


今日、家に帰ると、ポストの中に「ゴミは分別のうえ、平成20年からは透明の袋に入れて下さい!さもないと収集されません」という大家の脅迫状と、仏蘭西から航空便が届いていた。すわ、国際果たし状か・・・・と封を切ると濃い香りがして、バースデーカードと共に、パンジーの種と思しき代物、トランプケースに似せた巨大なマッチ箱、魔術にでも使えそうなスプーンが入っていた。ふんふん・・・この種をカエルの干物とトカゲの尻尾とネズミで煮立てて、この巨大なマッチで火をつけてぐつぐつやったら、魔法のスプーンでかき回し、惚れ薬の出来上がりって訳ね・・・・


ところで、そんなプレゼントの中の一つ、「青ひげ公の城」をギタリストからいただいた。さすが、付き合いも長いだけあって(お互い首をしめあってきただけあって・・・)私の好みを恐ろしいほど熟知!?


というわけで寺山修司の没後20年を記念して打たれた、パルコ劇場の主催による「青ひげ公の城」を見た。


演劇を続けるのに逡巡をする時、大きな才能というものを思い浮かべるのだけれども、その一人が寺山修司だ。(その一人どころかお前以外の全員のことを考えろって?)まぁ、思い上がりが多少無いと無益なかりそめに、そのかりそめにも満たないつまらない人生を捧げたりしないものだから、その虚勢は許していただくとして・・・私が思うに、死後20数年たった今も寺山のその才能、前衛性を越える作家・演出家はいない。


「青ひげ」はペローを先駆けに、グリム、メーテルリンク、パラージュそしてバルトークと様々な作家の先鞭に触れてきた。・・寺山の「青ひげ」は一風変わって青髭の登場しない青髭の物語だ。寺山の作品は多分人よりは多く触れているはずだけれども、我が家には寺山関係の本が10冊ぐらいあり・・その半分ぐらいはすでに絶版である。この作品を映像で見たのは始めてで、最も寺山の思想がよく現れた作品の一つだと感じる。虚構の中を生きた夢幻詩人寺山修司。職業、寺山修司と自ら名乗るほどに詩人、歌人、演出家、作家、映画監督、スポーツ評論から果ては競馬評論まで。その幾多の自分を演じながら、住所不定、職業不定、故郷不定の拠り所の無さに居を定めて生きた寺山。その不定こそが、幾多の影の投影としての夢幻空間を生み出すのだ。


ところで、師匠が「新しいことを思いつくと、寺山の作品を調べる、そうするとだいたいはやってある」と言っていた。全くその通りで、これを見たらまたやりたかったことをすでにいくつか手をつけられてしまっていた・・・嗚呼。



―以下、寺山に見出された三上博演じる第二の妻の台詞より抜粋


いい死体の役者は、百篇死ねる役者のことだ

たった一度だけじゃ、演技と言えない。

嘘の死を生きるのは、ほんとの生を死ぬことだ。

ごらん何もかも騙し絵だから美しい。そう、あたしの心はあなたの造花。

舞台に本物のお月様の光が差し込んできたら、風邪をひいてしまうわ。

だから、お月様は金紙を貼ったボール紙に限るのです


あたしを御覧なさい。第二の妻は私の仮面なのです、その仮面の下に囚人の仮面がある、囚人の仮面の下にブローニュの花屋の仮面がある、ブローニュの花屋の仮面の下に娼婦の仮面がある、娼婦の仮面の下にマダガスカルの水夫の仮面がある、碇の刺青の似合う水夫の仮面、その仮面の下にジプシーのトランプ占いがめくったスペードのナインが笑っている。それは死。贋金作り。かりそめの道化。





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