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セールスマンの死

早川書房から「演劇文庫」とやらが昨年出版されたらしい・・・ということは聞き及んでいたが、年始に本屋に行くと演劇のコーナーにその演劇文庫を発見。華々しく1刊を飾っていたのは「セールスマンの死」(1949)、アーサー・ミラーだった。私としては同世代に活躍したアメリカのテネシー・ウィリアムズの方が好みにあうのだが、だからといってこの作品の素晴らしさに対してケチをつけれるものではない。


舞台はウィリー・ローマンというセールスマンの家である。ウィリーはセールスマンとして長きに渡り働き、きちんとしたマイホームに、電気冷蔵庫と自動車を持ち、気立てのよいワイフ、優秀な息子を二人、金を儲け、成功し、黄金色の人生を送った・・・はずだった・・・・。ところが今、ウィリーはセールスマンとして役立たずのレッテルを貼られ、ローンで買った扇風機は時折故障を要し、金は入れてはなくなった。二人の息子は偉大で優秀というには程遠い上、親孝行ではない軽薄な息子たちになった。アメリカン・ドリームに向けて走ったはずのウイリーは知らず使い捨てられた駒・・・・敗者になっていたのだった。ウイリーは自分が敗者であることを認めたくはない、まだ夢を見れるに違いない僅かな材料にしがみついて、それが木っ端微塵に砕かれるたび、ウイリーは打ちのめされていった。


私もこのタイプの構造を借りて戯曲を書いたことがあるが、ある一定の限られた時間(ウイリーが夜帰ってきて、朝死ぬまで)の中で、一定の場所(ウイリーの家から出ない)。ただし、フラッシュバックという方法を使いながら、過去と幻想を往来している。構造も素晴らしいが時の時代背景を映し出し病めるアメリカを表現した。


チャーリー  

誰もこの人を責めるわけにはいかない。わかっていないんだよ、きみは。ウイリーはセールスマンだった。セールスマンには、基盤というものがないのだ。ナットでボルトを締めれるわけじゃないし、法律に通じているわけじゃないし、薬も作れない。口をぴかぴかに磨き、にこにこ笑いながら、はるか向こうの青空に、ふわふわ浮いている人間なのだ。だから、笑いかけても、笑い返してもらえないとなると、さあ大変―地震と同じだね。それに、帽子に染みを二、三ヶ所もつけていたら、もうおしまい。だれだってこの人を責めるわけにはいかない。セールスマンは夢に生きるものなのだ。その夢は受け持ち区域にあるのだ。



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