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平城遷都1300年シンポジウム

久々に劇団のメンバーに会った。やはり、彼らといるととても落ち着く。普段の日常では全く関係のない妄想的な部分を共有できる仲間を持つというのはとても不思議なことだ。もちろん完全に共有することは出来ないのだが、少なくとも妄念的な部分を共有する必要が生じるというのは特別なことに感じる。


このほど正剛先生の講演会を拝聴に奈良まで赴いたのだが、ふと先生の能舞台の話を思い出した。


講演で先生はまずは能舞台の上にあがり、能舞台の「橋掛かり」の意味についてお話になった。能舞台というのは一般の人は橋掛かりを通ることが出来ない。というのは橋掛かりの向こうの揚幕の中、つまり鏡の間はこの世ではない人がいる場所である。たとえば幽霊とか、思い出の中の人とか、過去の人とか・・・橋掛かりの向こうはあちら側で舞台はこちら側なのである。日本のデュアルな(二重の)、それを象徴しているのである。演劇というのはこちら側とあちら側の交差点でなくてはいけない。演技そのものが持ってる二重性、舞台が持っている二重性、人間が持っている二重性、そして舞台にあがる人々はあちら側を共有しながら演じるわけだ。ふとこのようにメンバーで集まることが不思議な特性を持っていることに今更ながら思い当たる。


ところで講演の方だが、能舞台の話を前置きとして先生は遷都1300年に際して、「都市とネットワーク」のお題でお話された。平城遷都1300年記念シンポジウムにゲストとして招かれた正剛先生はやはり文句なしに優雅であらせられる。奈良時代というのはわずか70年の都であるが、この時代は他にもビザンチンであるとか、長安であるとか非常に重要な都市文化が興った時代であるというところからお話がはじまり、まずはグローバリゼーションの話をなさる。


日本というのは古来、縄文、弥生時代において文字をもたなかった。日本文化は驚くべきことに口語しか持たなかったのだ。ただし唐から漢字の文化がやってきたとき、日本人は決してそれをそのままつかわず、大和言葉に当てはめて独自の万葉ことばを生み出した。今日の日本人はグローバルという名のもとに、輸入文化を何でも直接入れてしまう。奈良時代のグローバリゼーションのあり方、輸入文化を独自の文化により解釈、変容して我が国に適応させるということを再び思い出すべきである。


また奈良時代というのは非常にネットワークシステムの優れた時代であった。そして強力なリーダーシップというものが存在した。藤原一族をはじめとする有能な政治リーダー、言わずと知れた鑑真、行基などの草の根ネットワーク、そして律令政治、税制、租庸調など優れた政策がなされた。加えて奈良は女性の活躍した時代でもあった、光明天皇を筆頭に女帝が多く君臨し、歌人として女性が名を残している。奈良はネットワークシステムを再び考え、その際に女性のパワーというものに注目するべきである。


そしてこの時代、華厳というものを忘れてはいけない。なんとも複雑で深遠な体系を持つ華厳密教であるが、壮大であるが、要に応じた仏があり、複雑なものを絡めながら実質へ落とし込んでいく。奈良時代はこの華厳に注目すべきである。




と概略するとこのような話で太極拳の話やら、インドの神々の話から、さきほどの能舞台の話やら様々なまさに先生の話が曼荼羅。奈良の知事やら市長やらはひたすら両手話で絶賛の上、感嘆の嵐。とはいえ、膨大な知識を縦断する先生の話に訳がわからずうとうとする観客もちらほら。まぁ、お話を聞けるほどにはなりたいものだと溜め息。折角なので興福寺に立ち寄り、阿修羅像や山田時の仏頭、千手観音などを拝んで帰りました。






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