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ハムレット

なぜか最近「ハムレット」の話題があがる。舞台に携わる人間が古典として最も尊重しやってみたいと考えている作品だからでしょうか。シェイクスピアの四大悲劇の一つとして最も愛されている作品だ。


関係ないけれどもミレイのオフィーリアの絵画が好きだ。狂気と美と静寂と悲しみと喜びの交点を描いたような絵だと思う。シェイクスピアも同じように狂気と美と静寂、悲しみと喜びの交点を描いている。


シェイクスピアの良さは分かりにくいとずっと思っていた。詩的さが日本語に直す段で失せてしまうことも一因だと思う。そもそも原作を、しかも読むのではなく舞台に乗せて聞かないと、本来の良さが浮かび上がらないのだろう。日本語の古語とはまたちがった固い文章になってしまうため、読んでもリアルな画像が浮かびにくい。

to be or not to be・・・生きるべきか死ぬべきか・・・の和訳が主流だけれどもニュアンスの違いは否めない、在るべきか、在らざるべきか・・・これの方がまだ近い気もする。最ももうこの台詞は一人歩きしておのずからデフォルメして聞こえてしまうのだけれども。


多くの舞台人がシェイクスピアを愛し、語るが、そのよさが咀嚼できないので勉強不足か感性不足か今ひとつ飛び越えられない踏み台みたいになっている。


ローレンス・オリヴィエ監督の「ハムレット」はシェイクスピアの良さを教えてくれる映画だ。そもそもシェイクスピア俳優として名優であったオリヴィエが自ら出演し、監督までしている。原作の香りを残すために、台詞に古典調の高らかさを残しながら、コクトー映画を思わすような不思議な美しさも醸し出している。


ストーリー
ハムレットの父であるデンマーク王がなくなって10日、母である王妃は王の弟であり、次期国王となったクローディアスに嫁ぐ。その母の移り気のはやさに絶望するハムレットはある日、城壁で父の亡霊に会う。亡霊は自分を殺した男は弟のクローディアスであり、彼に復讐するようハムレットに命じる。ハムレットは復讐のため狂気を装いはじめる。思い人であるオフィーリアにも辛くあたる。ハムレットは劇団の一座に王を殺した場面を再現する舞台を上演させ、クローディアスの顔色を見て王の罪を確信する。ハムレットは母を苛み、母の寝室に隠れていたポローニアスを王だと勘違いし忠臣のポローニアスを殺してしまう。ポローニアスはオフィーリアの父であり、父を殺されたオフィーリアはいよいよもって悲しみ深まり狂い死んでしまう。王はハムレットを使者に立て、イギリスに使わす。王は手紙にハムレットを殺すよう命じ、暗殺を企むがハムレットは無事に生還してしまう。王は死んだオフィーリアの兄でありハムレットを恨むレアティースをけしかけ剣術の試合を用意する。王は毒杯を用意し、毒の剣でハムレットを殺そうとする。しかし毒杯は王妃が飲み干し、ハムレットは王に復讐をなしとげるも、レアティースとハムレットは共に毒の剣に倒れてしまう。

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