刺繍草紙

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ハロー、グッパイ

三名です。バスタブに浸りながら、「軽蔑」のことをじっくり考えました。人が敬意や好意から突然、軽蔑に変わる目の経験をじっくり思い出して、ゆるくお湯のナイフで胸を刺していくような遊び。どうして私はこんな「軽蔑」のことをかくもよく考えてしまうのでしょう。

時折、Aさんから「軽蔑」されてるのかもしれない、あの時、Bさんに軽蔑されたのかもしれない・・・と考えます。変化の目は疑いようもなく捕らえられるけど、文章や雰囲気で媒体を間に挟んだ「軽蔑」はどちらかというと私の「コンプレックス」である可能性が大きいかもしれない。

軽蔑されることは怖いけれども、もし私が軽蔑の目を周囲に向けてるのだとしたらなんて醜いんだろう・・だけど私はそんな記憶がいっぱいある・・・ああ、でも無関心の目よりましなのか。ああ、こんなことにとらわれない人というのは世の中にいっぱいいるんでしょうね。上とか下とか、ああ嫌だ・・・まるとか、さんかくとか、ひしがたとか、世界に一つだけの花みたいなダサイんでいい。

幸せというのが何かは分からないけれど、間違いなくこういうものから逃れていることも幸せの一つと確信できる。

突然だけど、さよならだけで構成された歌詞を書きたい。

さよなら
さようなら
さよなら
さようなら

ではさようなら
さようなら
また
さようなら
左様、左様、左様、ならば
さようなら

ビートルズの歌にこんな歌詞があったなぁ・・・ボクはハローって言ってるのに、君はグッパイって言う。
ボクはハローって言ってるのに。

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