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悪徳の栄え

稽古もいよいよ本格化。あまりの段取りの多さに必要以上(必要かもしれない)にびびる。頭の悪さを露呈しまくり、生まれてきた瞬間からの後悔が始まる。



ところで、昔は夢中になった衒学趣味・・・コクトー・ワイルド・三島・乱歩・夢野・サド・・・・から久しく遠のいていた。思えば衒学趣味のきっかけは芥川の「地獄変」、舞台では寺山の「毛皮のマリー」に端を発していたように思われるが、その作品以前に自分の衒学趣味のルーツがどこにあるかは謎である。どこで何に教育されたものやら、それとも血の中で眠っていたやら。


日本の衒学趣味といえば、実相寺監督ということで、久々に「悪徳の栄え」を見る。言わずと知れたサディズムに由来するサドの原作を、演劇の岸田理生が脚色し、実相寺監督が撮ったもの。久々に見ると衒学ワールドに郷すら覚える。「ツィゴイネルワイゼン」やら「双生児」やら「エマニエル夫人」、「O嬢の物語」やらの官能か、美か、それともおぞましさかというところに降りていきたくなってしまう。


岸田理生の珠のような言葉繋ぎは流石の美しさで、岸田の描く特徴である日本の因習や女というものがクローズアップされる。昭和の上流階級の下卑た感じと、女の浅ましさが相俟って、サドの通低とリンクさせてうまく胸につっかえる感じだ。舞台という空間を虚構と描き、しかし世界を舞台化させることによってその虚構を現実に持ち込んでいる。


「あなたが私を教育なさいました」と男に告げ、別の男に抱かれて滅びていく女の憔悴がなんとも嘘っぽくて、女というもの自体が嘘真似なのだと哀しい。


「昼は聖女、夜は娼婦、そんな演技をさせてやれる男が素敵」という言葉が誰のであったか忘れたが、そんな呆けた世界の尺度がよい。



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