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存在の耐えられない軽さ

「存在の耐えられない軽さ」という本がある

数年前、長く旅に行くとき、一冊本を持っていくことにして、この一冊を選んだ。


「重さはおそろしいことで、軽さは本当に素晴らしいことなのか?」

ミラン・クンデラのこの逆説は私を虜にした。

テレザの恋人であるトマーシュという人物は、スマートで優しい男性であったが、ひどい浮気癖があった。テレザはそのせいで、とても苦しんだ。トマーシュはテレザを愛していたけれども、浮気はなおらなかった。トマーシュ自身も不可解であった彼の軽さはテレザを苦しめた。


作者は、彼の「軽さ」というものに光をあてて彼をはじめて理解することが出来ると言っている。それが「存在の耐えられない軽さ」の重さなのだ。


いつか重さと軽さを裏表にして、それが心臓のように鼓動して息吹く世界を構築するような作品を作りたいと思っていた。今回の「グリム2008」はまさしくその主題に取り組んだ作品である。シーンのあらゆる所で、重さと軽さが交互に交じり合う。


今日、娘役の睡蓮から「軽薄にやればいいのか?」という質問状がやってきた。重い軽薄をやらなくてはいけないよね、と答えた。娘のセリフにこういう部分がある。「人生という紙風船よ、浮かぶけど・・・浮かぶけど、何も考えたくない無重力だよ、HO!やばいやばい」


今日、限りなく軽い関係に終止符を打ってみた。安易な感情と深さのない関係は、吹けば風のように軽くあっけなく、変わってかつてないほどの重さがやってくる。何も考えられないという無思考の重み・・・。ピリオドという簡単な点一つは、見逃しがちな小さすぎるドットで、しかし後の続かないシビアさ・・・しかし中にあったのは空白だけ。人生の中に、多くの文章が書かれているとして、何もない空白の一行がそこにあったとき、それはどれほどの深遠を意味するのだろう。


今年に入って連発する無差別殺人、軽さと重さの絶え間ないせめぎあい。人が殺された秋葉原で現場の状況を写メする心無い人たち。「誰でもよかった」という言葉。「誰か止めて欲しかった」という殺人予告。


「重さはおそろしいことで、軽さは本当に素晴らしいことなのか?」





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