刺繍草紙

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悪い影

逃れたいものってあるでしょうか?
私は最近、「軽蔑」から逃れたいと思ってます。
軽蔑ってのは・・・とにかく私は軽蔑のことばかり考えてます。
軽視とも侮蔑とも違う、もっと鉛の羽のような軽さで、柔らかいナイフみたいな感情の「軽蔑」。
軽視は耐えられます、それはよくあること、日常茶飯事です。
侮蔑は多分に醜さが含まれている短絡的な感情です。
だけど軽蔑はちょっと違います。それはちょっと引っ張れば千切れてしまう糸ほどに繊細で、
手が切れてしまう真白いペーパーのように、鋭く、無機質で無色です。
そのことが頭を過ぎりすぎるあまり私はそもそも誰にも会いたくないほどです。
軽蔑されることも軽蔑することも考えます。
友達の表情から、男の仕草から、同僚の挨拶から、後輩の沈黙から、自分顔の口角に広がる笑いの中から
それらはいたるところにちらちらと現れては消えます。
とにかくもうここ1ヶ月以上は考え続けているのです。考えを深めるのではなくて、時折脳裏に過ぎる
鉛の影のようにそのことを思っています。

本屋に行くと春樹の1Q84の文庫本が発売されていました。心待ちにしていたので、買って読んでいるのですが
ページを繰ると、その悪い影のことをちゃんと含めて書いてくれているという気がします。
春樹の本が偉大な文学であるかどうかは分からないけれど、乾いた部分に水をやってくれるような気持ちになります。

ちなみに私が「軽蔑」のことを考える時、いつもゴダールのこの映画「軽蔑」が浮かびます。
あるとき、男のふとした振る舞いで女の気持ちは離れ、男を軽蔑するのです。美しい映画です。




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