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人間の羊

本番終ってほっとしたら急に体調崩した三名です。
布団に包まって差し入れにいただいた小説やら、毛布の隙間から薄目を開いて映画を見たりしました。
ふわふわの毛布と羽根布団にくるまれて頭を出して散らかった部屋を眺めているとヒツジになった気持ちです。

「地獄、まっしぐら!」に登場したヒツジですが、あれはうちのメンバーのよしもともしよがやってました。
受付でヒツジ兼執事をやっていて紙ヒコウキを配るときたまにメエと鳴いていたそうです。

小学生や中学生時代に読んだ児童文学全集には「迷える子羊」という言葉が頻繁に登場しました。児童文学全集に掲載されるような西洋の偉大な文学には必ず、ヒツジが登場したものです。「神様、迷える子羊をお助けください」と言って皺の刻まれた老人が、哀れな奴隷が、高貴な夫人が、恋する令嬢が、苦悩を抱える青年が苦しみながら呟くのです。三浦綾子の「羊が丘」、春樹の「羊をめぐる冒険」、好きな本にもヒツジはちょくちょく登場します。

動物園で見るヒツジは呑気なものです。もじゃもじゃの毛を生やして、何を考えてるのだか、何も考えていないのだか、ぬくぬく、もごもご、もぐもぐとあごのあたりを動かしながら、漠然と悲しそうな目をして虚空を見ているだけです。

ヒツジは迷えるヒツジだけではなくて、夢の使いでもあります。ヒツジが1匹、ヒツジが2匹と柵を越えている
うちに人は夢の中へ誘われます。


大江健三郎の短編小説に「人間の羊」というのがあります。ちょうどベットの上で細目をあけてこの小説を読み返しました。バスに乗っていた男が外国兵にからかわれ、ズボンを下ろされてヒツジの格好をさせられて尻を叩かれるという話です。外国兵が去った後、屈辱に無言で耐える被害者たちに、被害にあわなかった傍観者の教員が訴えるべきだと彼を説得します。ヒツジにされた男はほっておいてくれることだけを望みながらじっと耐え、バスを降ります。教員はバスを降りてもなおもしつこくヒツジを追ってきます。そして無理矢理警察に連れていくのです。警察でもヒツジは自分の名前を名乗ることも出来ず逃げだします。励ましていた教員はその態度を憎み、全てを明るみにし、お前にも恥をかかせてやると言い放つのです。

「唖、不意の唖に僕ら≪羊たち≫はなってしまっていたのだ。そして僕らの誰一人、口を開く努力をしようとはしなかった。僕の喉は長く歌った後のように乾いて、僕の声は生まれる前に溶けさってしまう。そして身体の底ふかく、屈辱が鉛のように重くかたまって、僕に身動きすることさえ億劫にしていた。」(「人間の羊」抜粋)

こうして葛根湯を齧りながら眠っていると、私も次第に人間の羊になっていくようです。





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