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ラ・ハラペーニョ

レトルト内閣でエチュードの練習をした。私は過去に学生時代にやったことがあったのか?ぐらいのレベルで初めて参加した。実を言うとエチュードは全然好きじゃない。普段の会話から反応が鈍いのでテンポが遅れるし、時折スピードについていけないという感じがする。観て側としても即興的な何かは音楽即興演奏のあの単純なループに好みが見出されるだけだ。

ところで今回取り組んだのはマイムを表現することに重きをおいたエチュードで、藤が提案したものだった。じゃんけんをしてチームを組んだら、わたしと藤と山崎のトリプルペアになった。私が最初にマイムを提示する係りだったので、バイオリンを弾く人というところからスタートしてみた。反省も含めエチュードを振り返るうちに、その骨組みに肉をつけて物語を考えたのでちょっと聞いてください。

物語 ラ・ハラペーニョ

廊下にダンボール箱が重なって出来たような音大の防音室で私、ことオールドミスはバイオリンを弾いている。私がオールドミスと呼ばれるのは40歳も過ぎてから音大の聴講生になったいわくつきの女だからで、ヒステリック音を出しながらオッフェンバックの「天国と地獄」ばかり練習していた。オールドミスが演奏を終えて部屋を去った後、藤と山崎が変わって部屋に入るとアンティークの風合いがする古ぼけたバイオリンが1台椅子に残されていた。藤と山崎は鰯一匹程度の親切心をわずかばかり出し合って、オールドミスにバイオリンの忘れ物を届けた。

ところがオールドミスはそのバイオリンを自分のものではないという。それは5組の鬼山さんのものだと言うのだ。5組の鬼山といえば、それは踵まである練り絹のような黒髪で有名で、彼女が喋ると誰もその声を聞き取れないことで有名だった。そのバイオリンは100年ものの高価なものでメキシコを渡ってやってきた渡来物ゆえに、奏でるとハラペーニョ的な音がするということだった。

ところで3人、オールドミスと藤と山崎は好奇心からその鬼山さんのバイオリンを演奏してみることにした。藤が恐る恐るFの音をこすると「ハー」的な音がした。次にAの音をこすると「ラー」的な音がした。そうしてF、A、B、B♭、Aを続けて演奏して「ハラペーニョ」の音階をどうにか探り当てられた。山崎はメキシコについて知っていることなど何もなく、想像できるものといえばメキシカンチップスぐらいなものだったので、バイオリンのボディーを人差し指の骨でコツコツ間断なく叩いてはチップスを齧る音を表現した。オールドミスはメキシコといえば荒野の荒くれ者といった西部劇だったのでピチカート奏法で弦を爪弾き、持ち前のヒステリックな響きの中で馬のギャロップを協奏(狂騒)した。かくして3台のバイオリンのための協奏曲「ラ・ハラペーニョ」は作曲された。

それから10年、上海の大通りで三人は再びめぐり合った。オールドミスは上海にある一回りも上の書店経営の老人と結婚していて、藤と山崎はJTBの「上海と蘇州を廻る毛ガニツアー」でその地を訪れていた。山崎は一時期ブームになった「むれない靴下」に関する特許をとっていて、ちょっとした小金もちになっていた。藤は特に何者にもならず、何者かになれる妄想だけをいまだに持ちあわせている美しい中年女だった。3人はオールドミスの書店の隣にある茶館で香りの高い中国茶をそれぞれ2杯飲んだ後、オールドミスの家に寄りあの「ラ・ハラペーニョ」を演奏することにした。
その音は、書店の老人が手に持っていた録音機によって収集された。

それから50年、オールドミスが死んだあと遺品を整理していた息子の孫によって「ラ・ハラペーニョ」は録音機から流された。孫の梁家輝は生まれつき体の弱い子供であるが、「ラ・ハラペーニョ」を聞くとたちどころに踊り始め、毎日汗を1ℓもかき、彼はすっかり健康になったということだった。それから彼が21歳になったころ、近所の化粧品で働くメキシカン娘を見たとたん「ラ・ハラペーニョ」を思い出し、すっかり踊りだしたい気分になり、デートの約束をとりつけたのは1997年のことだった。

あれから100年、メキシカン娘と梁家輝の家に生まれた混血の娘はビロードみたいな不思議な目をしていて、全ての風景と全ての過去をスケッチするような小説が書きたいと楡のテーブルの前で考えているのだった。彼女は構想を練っていたが特に何も思い浮かぶことはなく、ただ小説の表題は父と母の好きな歌「ラ・ハラペーニョ」にしようと考えているのだった。






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