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劇的なもの

久々にたまる仕事以外はゆっくりの土曜日がやって来ました。すかさず演劇状況をリサーチし、京都国際舞台芸術祭に参加していた「地点」を観にいってきました。演目はチェーホフの「かもめ」。

以前、「地点」を観劇したとき、公演中高度に保たれる緊張感、海外演劇の先端をゆく演出、高い演技力を持つ俳優…全てが衝撃すぎて忘れられませんでした。あれから色々なシーンが脳内でリフレインされ、三浦さんの本まで購入し、演劇の意味など今更問いただし、チェーホフについても理解を深め、多く影響を受けました。チェーホフがあまり理解できなかった私ですが「地点」を観てはじめて、チェーホフというのは「内側の戦争」と「外側の平穏」を描いているのかもしれないとハッと思いました。

そんな衝撃を持って今作の「かもめ」を観にいったところ…ところが正直緊張の糸は何度も切れ、時折睡魔が襲い、「かもめ」の解釈についてもいまひとつ理解もできぬまま、終演のパラパラとした拍手を迎えました。俳優は相変わらず非常に高い演技力・・・繊細で強い身体とか、際立つことなく小さな声で客席の端まで明瞭に台詞を届けるだとか・・・本当にため息が出るほどの演技…だったけれども多分、簡易な照明だとか、省エネな舞台だとか、それに比べ広く舞台を使う演出で拡散が目立ったとか、長い・・とか色々理由は分析できるけれども単純に残念!

ところで・・それでも私はまた「地点」を観にいくであろうことは間違いない。先日「柿食う客」を観た時も残念に思ったが、それでもまた私は観にいくと思う。一度、劇的な体験をすると簡単には忘れられないようだ。ほどよく良かった舞台は、その時はもう一度行きたいと思っても、いざ次回公演が来るとめんどくさくて終わってしまう。そうすると自分の観劇を支えてるのは「劇的」なものということに他ならない。いつも「劇的」なもの「未知」のものを探して劇場にやってくるのだ。

…地点を酷評したように思われるかもしれないけれど、ハッとする瞬間は何度か訪れ、高いセンスや幾つかの冒険が全体を支えていたことは間違いないので興味があるという方は是非。

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