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ブライアン・イーノ

久々にアルバムを購入した。ブライアン・イーノの「another day on earth」。


気分が暗かったので、ふと昔のことを色々と思い出し、最近よく遊びにいらっしゃる後悔という名前の方とか、嫌悪という名前の方とかと仲良く並んで座っていたのだけれど、そうしたら夏にとりわけ冷えた温度が身につまされる。


ブライアン・イーノを聞いていたら、昔の頼りない記憶や周囲の悪意や遠慮を身に感じて疑心に身をさらすよりは、遠い地球の裏側で蝿のたかる食品を売るために屋台に立ってるネパールの親爺や、貧しくて自らの園でとれた珈琲豆を飲むしかないガーナの大家族や、名も知らぬ国に住み、電話を使ったこともない人々の暮らしを思うほうがずっと有益だという考えが頭を占める。


イーノを環境音楽と呼ぶなら、それは人々に世界や歴史という感覚を呼び覚ますという意味での環境音だと思う。涙は遠くからやってくるって言ったのは誰だったかな。自分のちっぽけな愚かの壷から湧き上がる涙よりは、遠くから来る涙を知る人間になりたい。


CDに解説がついていて、その中で解説者がイーノをインタビューしたときに印象に残った言葉を書いていた。「実際に自分がやっていることは二つ。一つは自分が聴いてみたいと思える音楽、そして二つ目は今まで自分が聴いたこともない音楽を作ることなんだ」・・・・。それはものを作る人の言葉だ。


今日、稽古に遅れていって朦朧の頭でリハを見ていたら、藤とか睡蓮とか、こみたおとかからふっと何かが立ち上っている。で、劇団員という私の仲間は「美しい共犯者」で「何かを企む者」なのではないかという考えが頭を過ぎった。彼らは「世界を麗しく殺めようと」画策している優しい悪魔所業の行為者であって、彼らの望みはただそれだけなのじゃないかしらと・・・言いえて妙!とか勝手合点するのは孤独な触覚なせる業なのか。謝。




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