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二宮氏の稽古

ショー形式の舞台の中、何か足りないと思うものが「演劇」であるとことは薄々察知していたものの、どうしたらいいのか分からない。テーマを話し合ったり、感情や感覚の話をしてみてもよくならない・・・

形はいいはずなのに何かがない・・・「心」のない「振り」みたいになってしまっているとつくづく落ち込んでいた・・・


どうやっても「歌」はただのメロディー、ダンスはただの「振り」、台詞は「棒読み」・・・誤魔化すためのテンション・・・、学芸会のようなキャラクター達・・・分かり易くするためにごまかしの解説・・・


仕方ないので、メンバーと話し合う。一目で分かり易い演技をいれ、分かり易い演出を入れることで分かりにくさのみ回避している自分の演出手法にもうんざりしていた・・・意味は分かり易くなるが、魅力が消える


「ポーズ」に陥ってしまっていた状況を打破すべく、「演劇」である部分に立ち返ってやりたくてメインキャスト3名を呼び出して、かつ大御所の二宮氏に指導していただいた。・・・目から鱗。ごく基本的な演技指導に立ち返って、丁寧に見てくれた。


癖を直し、間を重んじ、声の出し方を安定させ、呼吸を入れる。そんなことでずっと存在感に深みが出てきた。


「本来、台詞は抑揚をつけてうねって読むと抑揚が逆になくなって聞こえる」

「台詞は太く重く、一直線に出す」

「感情は息継ぎをするところでしか出せいないもの」

「キャラクターを作るためでも声のトーンはその俳優が一番綺麗に聞こえるトーンで出す」

「哀しい感情を笑いながら見せるような時は、手順を踏んで練習し、それを抑える練習をしないと入らない」


その基本を二宮氏は長年にわたって紆余曲折して導きだす力を養ったのだろう。だから実感があるし、鋭い直感もある。ちょろっと舞台をかじっただけの若造には分からないことを教えてくれる。聞いてしまうとなんでもないのだけれど、そのなんでもなさに気付かない。俳優も努力しているのだけれど、我流で習得している演技が多いために、基本の駄目さや癖に気付かない。一言の台詞に長い時間をかけて助言してくれる。


「少女の持つ魅力・・というより世界がキラキラしているという感じが出て欲しいよね」(赤頭巾役 藤に)


「目の前にでっかい鏡があると思ってさ、それから目で呼吸するの」(白雪姫役 松本に)


「すごく悲痛な身体を作って、それからそれを隠そうと笑ってみて」(娘役 睡蓮に)


演じることの魅力は奥が深い。新しいことについ目を向けがちな自分だけれども、こうやって力を貸して助言してくれるベテランが傍にいてくれるのは感謝にたえない。うちの女優陣は努力家なのでアドバイスをもらって、早速猛練習、次々と吸収していく。


二宮さんとやりたい舞台はいっぱいある。「金色夜叉」・・・、「ベニスに死す」、「セロ弾きのゴーシュ」、「ロリータ」、「ゴドーを待ちながら」「女中たち」・・・だいたいにおいてダイエットしてくれるとやれるんだけどなぁ(笑)そんんな二宮氏自体も、なれない手法には苦戦気味だ。



もう一度通しのビデオを見てみた。相変らず目をそらしてしまいたくなるシーンも多い・・辛いので挫折しつつ見る。二宮氏に見てもらいながら、一つの台詞を言うためにも莫大な時間がかかるのが分かる。簡単なものに頼りすぎてしまったことが恥ずかしくなかった。意味を通じさせるためだけの直接的な学芸会演出はもうしないでおこう。


私なりに良いものの定義がある。「香ってくる」もの、「秘められた」もの・・・「滲み出てくるもの」「本来から美しい」もの、今回は自分なりによい作品になるという確信がある。二宮氏の助言借りつつ、そんな領域に達するまで猛練習する。


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