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「中島陸郎を演劇する」を観て

新人さんたちが可愛くてたまらないミナです。たくさん子供が出来たみたい。

あまり舞台の感想を書いていなかったのだけど、最近は観劇の機会が多く、特に今週末は沢山お誘いをいただいたのに、時間が限られていたのでどれか選んで行こうと思い、お誘いを沢山うけた大阪現代舞台芸術協会(DIVE)の公演を見に行った。

http://www.ocpa-dive.com/DIVEpuroduce2009.htm

そしてこんなにも面白くないものをどうやったら作れるのだろうと驚いた。殆どの時間をまどろんで過ごして、最後の内藤さんの作品でようやく見れた。中島陸朗を取り入れた作品ということで中島さんのことを多く知らないのに申し上げて何だれど、この作品では敬意を示すというより中島陸朗を愚弄している風に見えた。深読みすれば全ての内容が創作者に非難として跳ね返るように思えて滑稽ですらあった。(内容は割愛しますが)

関西小劇場の文化を守る権利を主張していく目的を持って作られた団体として、自らが一番の裏切りものとしか思いようがない。何に貢献しているというのだろう?むしろこのお粗末さは関西小劇場に対する侮辱で罪深いとすら思う。弱いものを守るという名目のもと、守っているのは自分たちの乏しい才能、チャンス、過去の栄光、井の中の牙城・・・。それはより弱い集団に対する搾取にも感じられてしまう。

演劇はリスクが高く見返りの少ない芸術ということはもちろんわかっている。たとえ才能豊かな作品を作った劇団とて、次回も面白い作品が期待できる保障はどこにもない。少ない観客、乏しい才能、教育機関もなく、自ら模索し鍛錬しなくてはいけない。金銭面の苦労、人的資源不足の苦労は数え上げられない。時間は大量に消費され、それに対する採算性が得られないことは殆ど。一度栄光を勝ち得たとしても常に挑戦を求められ、休まることがない。そもそも自分が作る作品が自分に微笑んでくれることすら難しというのに、どうやって観客に常に作品に保障をしていくというのか。

だからといって、芸術家の権利とばかり、関西小劇場の発展のためなどと立派な名目を利用して、人と金を集めて一部の人間が作品を作る機会を容易く得る。・・しかも、集団でやるから、曖昧な内容、曖昧な意図・・・作品にすら誰も責任を持たないなんて馬鹿にしている。

弱小の劇団でも時折は感じ入るほどの緊張感がある。それは作品にリスクの高さを背負ってやっているというという緊迫感だ。それは全くなかった。演出家や作家の責任は分散され、作品が不出来だったとして誰を責めていいものやらも分からなくしている。公演中に芸術に対する「重荷に耐える」とあった。けれど、多くの劇団は様々なリスクと苦労を背負って一公演仕上げ、挙句成果が得られずバッシングされても、それに耐えて乗り越えて歯をくいしばって作っていこうとする。そんな名もない多くの小さな劇団。その孤独の重荷に比べてあまりにも、権利にものを言わせた責任のない作品作りという軽さをどう考えているのだろうか。

40人もの俳優に至っては可愛いそうだと思う一方、彼らの演劇に対する責任感も問いたくなる。「勉強する」「コネクションを作る」というが、一体何の勉強で何のコネクション作りか、DIVEの有名な作家の作品に出れば履歴書にはくがつくというのだろうか。俳優ならば全てに無責任で、与えられた演技さえうまくこなせば満足というのか。自分の劇団の作品以外には無責任であるというのなら、他に出演しなければいい。それとも稽古が始まる前は良くなるか悪くなるかは分からないのだからなどという、適当な考え方なのか。現実があるから、仕方ないから何も変えない、流れに沿うというなら、そもそも関西で演劇に携わる意味は何なのか聞きたい。

大量の俳優の呼ぶ客で、2800円もの高額チケット。1回に7-80人の動員をするほどの稼ぎで、それほどにお金のかかった舞台装置でもなかったことを考えればその余剰資金はどこに消えるのかという疑問も頭を掠める。またつまらない公演を打ち、身内で構成された客をげんなりさせ、関西の演劇をさらに衰退させるために使うのか。

なぜこういった公演について関西小劇場内で声高な非難がおこらないのだろう?少なくとも関西小劇場を守る集まりといった風に名乗っていることに何の抗議もないのだろうか。この作品の失敗のあとその冠はとるべきではないか、そもそも作品なんか作るべきではなかったのだろう。

私は嫌だ。これが関西の主軸の演出家、作家、俳優が作った作品だとしたら、ここにいることがとても恥ずかしかった。ネットワークが殆ど全てともいえる関西小劇場で、精華を仕切っているDIVEに誰も酒屋での愚痴ぐらいにしか、悪口をいえないのだろうか。言えば爪弾きにあって公演すら打てないというのだろうか。それとも俳優の動き方一つぐらいの些細なダメだししか思いつかないほどに眼鏡が曇っているのだろうか。それとも全てが組み込まれ組織されてしまっているのか。

私は怒りを通り越して、悲しかった。DIVEという活動にはそもそも疑問があったが、それでも運動し、意見を発していくという行動力には敬意を表していたつもりだった。けれどもこの公演を見た後では、自分たちの住まう小さなお城を作りたいという風にしか見えない。演劇を鍛える行為ではなく、衰弱化させていく行為だ。

DIVEの豪華な面々にしたら私など取るにたらない存在だろうが、こんな感想など吹けば消し飛ぶとしても言いたい。関西の小劇場を守ると冠して活動するDIVEに対して、関西の演劇にかかわる一人の小さな人間として、また一観客としてこの公演の失敗に責任をとるべきだろう。

媚と年会費で射止める利権なら、それが最終的には自分を潰していると思う。



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はじめまして。WI'REという名前で活動していた(る)サカイと申します。感想拝読いたしました。僕もさきほど公演を観劇してきました。僕はDIVEに加盟しておらず、その存在についても批判的ではありますが、関わりも深いため客観的な判断はできていないかもしれません。たしかしそれでも作品については三名さんとほぼ同じ感想を持ちました。あれでは届けるべき人に声が届かないだろうと悔しさや憤りも感じます。なにか根本的な部分で意識のズレがあるのは間違いないですし、それは指摘され改善されなければいけないと思います。そしておそらくそれは近くにいながら関係ないフリをし続けている俺のような人間が負うべき責務なのです。頑張ります。

ただ、DIVEが媚と年会費で利権を手に入れている、というのは誤解です。結果的にそのように見えてしまうことは容易に想像できますが・・。利権のようなものがあると見えたとしても、それは与えられたのではなく、彼らが長年かけて・・20年以上かけて・・獲得してきたものなのです。精華小劇場はもちろん、芸術創造館、ウィングフィールド、ウルトラマーケット。もちろん失ってきたものも沢山あります。リスクについていえば、20年負い続けてきたとも言えるでしょう。その事に関しては間違いがないのです。それだけは身近にいる一人としてお伝えしたくコメントさせていただきました。

組織などというものが苦手な表現者たちが「このままではいけない、なんとかしたい」想いの強さのみによって立ち上げた組織ですから問題点は多々あります。想いが強すぎて自己完結している印象もあります。今回の公演はDIVEの問題点を逆にあぶり出すものであったと思います。内藤さんが作品で語ったように、何かを変えていかねばならない時期なのでしょうね。DIVEの面々・・今回の公演の企画者・作家・演出家・キャスト・スタッフ・その他あらゆる関係者・・も、大きな流れの中でもがく、取るにたらない存在です。面と向かって吹き飛ばしてやってください。

それでは、また。いつか、どこかで、お会いしましょう。

  • 22/03/2009
  • サカイヒロト ♦J69GhAqU
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