刺繍草紙

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不思議な消しゴム

夢見る桃色のベビードールを着けた可愛いお嫁さんは大きなフランスベットの真ん中にチョンと座って、目の前に広げた白いノートとお婿さんがくれた小さな砂消しゴムに見入っていました。
昨日の夜、ということは今日の結婚パーティーの前日にあたるのですが、お婿さんは結婚の記念にとその小さな砂消しゴムをくれたのでした。
お婿さんは言いました。
「これはね、嫌な記憶を消してくれる不思議な消しゴムなんだよ。君がこれまでにあった嫌な記憶は全部消してしまえばいい。今日からボクが守ってあげるからね」

                             ・

お嫁さんはノートに今までにあった色々なことを書き出してみました。遠足の日にお弁当を忘れていったこと。ピアノの発表会で頭が真っ白になって指が動かなかった事、高校生になって隣の席のSさんに嫌がらせをされたこと、希望の学校に入れなかった事、死ぬほど好きだった彼にふられた事、自殺を考えた事、それから小さな頃、橙色熊の筆箱を買ってもらって嬉しかった事、友達とオランダに旅行した事、初めてのキス、始めて見たバレエのくるみ割り人形に感動したこと。良いことも、悪い事も、全部ノートにぎっしりと書き出しました。

                                ・

お嫁さんは不思議な砂消しゴムを握り締めて、ノートをじっと見つめました。このピアノの発表会と、あの失恋だけは思い出したくないわ...それにお母さんが亡くなった時の事も...過去の恋人との思い出ももう必要ないわね・・・。数時間経ちました。お嫁さんは結局、握り締めた右手を動かすことが出来ませんでした。右手がドンドン汗ばんで来るのをお嫁さんはドキドキしながら感じていました。

お婿さんが帰ってきた時、お嫁さんはまだベットの真ん中にチョンと座っていました。そうしてノートと消しゴムを差し出してこう言いました。「あたしには分からないわ、あなたが選んで消してしまって頂戴」

                                 ・
お婿さんはそっと手を握って優しく言いました。「いいんだよ。ノートも君もこのままにしよう」

お嫁さんは微笑みました。「ありがとう。もしあなたが一行でも消してしまったら、私はこのままあなたとお別れしたと思うわ」
そうして二人は抱き合いました。

                                  ・

夜が深くなりました。お嫁さんは横で寝ているお婿さんに言いました。

「でも...もしあなたがこのノートの何もかもを消してしまったら...、私はきっとあなたに狂ってしまったわ」 

嫁さんは少し考える風にうつむいて重めのまばたきをしました。



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