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照明屋


彼はいわゆる明かり狂でした。その昔の先祖は道端の街頭に油を点す職人であり、その後その血はたえているかに見えましたが(というのは彼の両親もそのまた両親も只の役人や教師であったため)突如、彼をしてその血を沸かせ、彼は幼い頃から光のとりこであり。ステンドグラスに映える光を一日中眺めていたり、夜になるとゆきすぎる汽車の窓から漏れる光に魅せられ、またエジソンの文献などを紐解き自分でも電気を作ってみたり、ドラクロアの絵画などを好んで研究したり致しました。彼はウィンブルドンの大学で、電子工学を学んだ後、研究室に引きこもり、木枠にゼラチン混ぜた液体を入れ、植物などから採取した色材を加え薄く延ばし様々な色彩を持ったゼラチンペーパーなどを作る研究に没しました。


最初のうち彼はお気に入りのデザイン画や立体的な玩具のブロックなどを持ってきては、その色調やあてる角度、光量などを試してみて、それを一つの作品として保存するという作業に夢中でした。そのうちそれではあきたらなくなり、灯かりを十も準備した上、時間が来れば変化するという仕組みを作りました。また最初の頃は赤に見えたものが段々とどす黒い紅色に変わり、そのうちその紅色が薄まって、黄みが加わり橙に変化していくというような変わった明かりも考案しました。またその点灯と消灯により全ての季節が動いていくかに見えるプラネタリウムのようなものも作りました。そのうち明かりが動くのではなく、対象物が動くことによる明かりの変化というものを思い起こし、動いている歯車や黒光りするベルトコンベア、カットガラスの回転しているものなどを充てる作業に夢中になりました。そうして、条件が多ければ多いほどその計算は非常に緻密になり、彼は研究室に篭っては歯車がこの位置に来れば、この角度の明かりがつくといった計算をしておりました。


ある時、ウインブルドンの全市が停電するという騒ぎがおこりました。彼は自分でちょっとした発電装置ぐらいいくらでも持っていたのですが、久しぶりにもっと原子的なもの・・・そう蝋燭でも使って脳を休めようと考えました。彼は蝋燭の光を元に、小さい頃読んだアンゼルセン童話集などを見るともなく捲っておりました。彼はふと月明かりが窓からさしているのを感じ、ほほえましい気分になりました。

それにしても蝋燭の明かりというものも、月の陰影というものも全くに予測できるものではない・・・

彼は考えました。彼ははっとしてもう一度月と蝋燭を眺めました。「今までこんな美しいものを忘れてしまっていたなんて」決められた位置から全く動かない物質や定期的に連動する時の機械的動作は最終的に予測がついてしまう、それは本当の自然の偶発的な美しさの前にはひれ伏してしまう。そうして彼は考えました「もっとも予測のつかぬ自然のものとは何だろう・・・」彼は蝋燭の火の揺らぎを目に宿しながら、沈思しました。ほどなく彼は女の肉感的な身体が襲ってくるような眩暈に囚われました、身体を上下し、腕を絡げて髪を掻き揚げ、尻を振る。そこへ男もやってきました。男の官能的な筋肉を連動させ女に挑もうとします、彼の胸を滑るなまぬるい汗が煌いています。彼の脳は二人の人間の動く四肢を捉えることで頭が一杯でした。女の腰を鈍色に浸し、浅黄色の光を目のまわりに配しました。光沢のある朽葉色で二人を取り巻く輪郭に後光がさすよう覆ってみました。男の筋肉の動くさまに、太ももの隆起に、血管が細く浮かぶにあわせて真珠色の光時折強くさしました。突如、頭のなかで割れるような音楽の音を聞きました。ツィゴイネル・ワイゼンのヴァイオリンの響きでした。そうして玩具のブロックが満点のプラネタリウムが絵画がそこにありました。彼は悟りました「舞台だ!舞台にこそ私の理想郷が存在する!」彼は喚きながら蝋燭の火を手にもって気狂いのように跳ね回りました「そうだ、舞台にこそ全ての予測不能と予測可能が、全ての自然的官能と、物質的芸術が共存する。これに光を与えるとはまさに神あたう作業だ」彼はこの有益な発見に有頂天なあまり、脳のステレオから演奏されるツィゴイネル・ワイゼンと共に朝まで踊り明かしました。


かくして彼は大学を辞め舞台の照明家になりました。そこには思ったように彼の理想郷がありました。彼は可能な限りあっちらこちらに明かりをつけ、最終的に操作する盤に配線するとボタンをピアノでも弾くがごとく叩いて思う存分照らしました。ところが舞台には彼の気に食わぬことが多くありました。まずもって気に食わないのは俳優でした。こいつらは好き勝手に動き回り、彼が数ミリでもずれると全てがなし崩しになるという完璧な位置から、数センチもずれるのでした。そのたびに彼は高いところに吊り下げてある明かりをトントンと叩いては修正を繰り返さねばならないのでした。だいたいにおいて彼の素晴らしい明かりに見合う俳優などほとんどいないというのが彼の意見でした。光を操り操られるという俳優がその辺りに転がっているはずもなく、彼はほとんど彼らに怒鳴ってばかりで疲労していました。

それにつけても気に食わないのは演出家でした。彼の照明哲学を解さないどころか、色彩感覚や陰影美学を軽んじている節が見受けられました。おまけにちょっと俳優が間違ったりすると即座に「暗く!」などと叫んだりして、彼の美学を台無しにしてしまうのでした。それに明かりの数が多すぎるとちょっとうっとうしそうな様子で額を拭いたりするのです。彼はこいつらは許せぬという思いを次第に強くしていきました。


彼は時折、気に食わぬ俳優に光を浴びせるのをやめたり、明かりで熱して痛めつけたり、突如気に食わなくなると暗転をもたらしました。そうして演出家は舞台に出ないのでやりようもなかったところのでこっぴどいことを言ったりして彼の人生に幾度も暗転をさしはさみました。こうして今日も明かり屋は時折出没しては、いきなり暗転をもたらしたり、「光あれ」と叫んではあちこちに青紫やら鴇色や瑠璃色を作り出し、まるで神にでもなったかのような気分でようようと灯しては消し続けているのです。

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