刺繍草紙

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稽古開始

いよいよ稽古が本格的に開始した。個性的で安定した俳優が揃って、楽しい台本のためか、遊び心が稽古に見える面白い滑り出しとなった。今作品「倦怠アヴァンチュール」はオカマの物語である。

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私は以前からオカマだとかいわゆるニューハーフというものが大好きだ。三輪先生のエッセイを読み漁り(三冊ぐらいで同じことを書いてあることに気付き、やめてしまったが・・・)寺山修司の戯曲「毛皮のマリー」を愛し、マリーに捧げた歌まで作った。基本的に、男でありながら、女であるとか、男でありながら男を愛すとかそのアンバランスさに、激しい拮抗の美しさを見る。男に女役をやらすことも試みていて、奇形を愛すといっては言いすぎかもしれぬが、そのアンバランスにおこる奇妙な不具合がなんとも美しいと思う。女に男役をやらすのは「宝塚」という一つの確立されたジャンルがあり、その先入観もあって難しいとは思うが、いつかは試みたいと思うことの一つだ。

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男でありながら女であるということ。体の中に相容れぬ二つの性を飼いながら、少し狂えば崩れ落ちてしまいそうな弱さとそれでも「私は○○だ」と名乗って生きることの強さ。フラジャイル。心で泣いて、顔で笑って、といった彼女らは道化のように滑稽で悲しい。

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自分の中にある、思い出したくない過去との拮抗、演じている道化師、現状に甘んじる弱さ、それでも許しがたいもの、許せぬものに牙を向くアナーキー、苛立ち、崩れ落ちそうになるのを笑い飛ばしてゆく強さ。そんな自身の状態を彼女らの不具合に照らしながら、この戯曲を書いた。風車にむかって名乗りをあげる「ドン・キホーテ」のように、滑稽な悲しさ、それでもどこかの誰かみたいに思考すら寄生して生きるのではない、たった一人の静かな力強さが見えればいいと思う。



劇団レトルト内閣公式サイト 「倦怠アヴァンチュール」特設サイトあり


→http://www.retoruto.com/

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