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ピアニストを撃て トリフォー

ポニーキャニオン
ピアニストを撃て〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選5〕

シコは深夜で突然車に襲われる。そこを助けられた男と歩きながらなぜか女房への愛情について語られる。ピアノバーへ逃げ込んだシコはそこでピアノを弾く兄弟。シャルリーを見出す。シャルリーはシコを逃がしてやり、一時的な騒動に陥ったバーでごまかすように奇妙な歌が歌われる。そこで働くウェイトレスのレナはシャルリーに気がある。それをバーの主人は妬んでいる。シャルリーは昔、エドワール・サローヤンという高名なピアニストであった。彼の成功の慢心と臆病の影で、妻の心が離れてゆく。

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妻「もう無理よ。夜が来るのを待つだけよ・・・」

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彼は彼の成功のためにプロデューサーと寝たことを告白する妻に背を向け、自殺に追い込んでしまった過去を持っている。

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サローヤン「よく考えるんだ。今なら間に合う。彼女に跪いて許しを請うのだ・・・。」彼が踵を返してドアを出て廊下を行った途端、背後でドスッという鈍い音。部屋に戻れば彼女はすでに飛び降りている。そのため彼はそれまでの生活を放棄し、さびれたピアノバーで働いている。

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シコのおこしたトラブルがもとで事件に巻き込まれるシャルリー。その中に巻き込まれるレナ。彼女は撃ち殺されて雪山を転がって行く。・・・再び目を覚まさない。

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冒頭でのピアノの鍵盤からつながる部品(木片)が音が哀愁の含まれたコミカルなメロディーを打ち鳴らし続けるという映像は、無意味に襲い掛かる人生への暴力的事件にも黙々と耐えねばならぬという印象を受ける。人生はユーモラスな忍耐と滑稽な苦渋に満ちたものだ。世界は解決を拒み、不意に突き落とし、不意に救い上げ、また不意に突き落とすという連鎖を繰り返す。それらの間に繋がりや理由はなく、我々は忍耐による重さと、軽薄な言動による軽さと、心と言動のあらゆる矛盾と一貫性のなさによってそれらを受け入れねばならない。

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トリフォーは原作から二つ翻訳し映画用に書き下ろしている。一つはこの作品「ピアニストを撃て」ともう一つはかの有名なゴダールの「勝手にしやがれ」である。これはトリフォーが書いて、当時まだ成功していなかったゴダールに与えたものだ。ヌーヴェルバークを代表する二人の巨匠の作品は、矛盾に満ち、未解決が目立ち、ストーリーは前後入れ替え可能に分断され無意味で、暴力的な運命に突然さらわれ、衝動と分裂に耐えねばならない・・・という意味で同じである。そのころから複雑化する現実の世界も解決するという方法を拒絶し、

無意味や無解決に真理を見出しはじめたのかもしれない。

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