刺繍草紙

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パパ・タラフマラ シンデレラ

パパ・タラフマラ 「シンデレラ」

六本木 スーパーデラックス?

公式サイト↓



最近見た中で一番素晴らしい感動的な舞台だった。

アイロニーの込められている仕草、猥雑さ、軋み、セリフや音楽の不快さは清濁混交で油と泥の塗りたくった都会の肌の官能を現出されるよう。ニューヨークの自由の女神やドラクロアの「民衆を導く自由の女神」を連想される半裸の女性によるスローモーションの構図、悲鳴に似たノイズを発する大量の鼠、闘牛やフラメンコをかたどった舞踏会のダンスシーン等・・雑多で猥雑な中から醸し出される「官能美」が芸術的で素晴らしい。

デザイナーが手がけたという衣装は洗練と芸術性を兼ね備えたデザインで日常から切り離された感覚を生み出すのに最大の手助けをしている。

小道具は等身大のガラスの靴、大きな傘の骨組みと切り離された四つの車輪のパーツで作られた馬車、12時を告げる時計、舞踏会の華やかさを連想させる人力で発光する電球一つ、これらは想像力を最大限に掻き立てる類のもの。

身体表現を機軸とする演劇には珍しく、表情は全て過度に作っている、身体も極端に歪めたり捻れたりするもので、その辺りは舞踏の要素があるが、身体のポジションは高くジャンプや回転などは西洋バレエ身体に比重が置かれている。俳優の身体は非常に訓練され、ダンサーの身体として一流でありながら、セリフや歌も含め演劇という部分を蔑ろにしていない。

細部はともかくとして全体として、この舞台が素晴らしいのは想像力の余地に溢れてかえっているからである。私が思うに、舞台は我々の常日頃死に絶えた不必要な感覚を刺激し、増幅させるものであればあるほど素晴らしい。優れた舞台というのは客の頭の中で何が生み出されるかであって、舞台で何を生み出すかではない。


演出の小池博史氏は以前、建築家を目指していたらしく、「演出プランを秒単位まで緻密に構造的に計算して設計する」といったことを語っており、非常に参考になった。以前にビデオでパパ・タラフマラの作品を観ていたのだが、その時はストーリーの難解さが目立って「感じる」よりも「理解する」部分に比重が置かれてしまったため、官能性に乏しいと感じていたが、(もちろん実物を見ていなかったというのも大きな要因であるには違いないが・・)今回はストーリーもシンデレラという非常にシンプルで既知のものであったために、演出も受け取り手も同様、滲み出る部分に直接焦点をあてることが出来て、本当に素晴らしかった。

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パパ・タラフマラは82年創設。ベネチア・ビエンナーレ、ベルリン芸術祭、などの海外の主要フェスティバルに参加、海外でも高い評価を得ているパフォーミング・アーツグループ。

―「変化を欲する意識」こそがアートの生命線であり、舞台芸術の、かつパパ・タラフマラの可能性は、まさに無限大なのです。(「シンデレラ」パンフレットより)




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