刺繍草紙

logs

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カビリアの夜 伊 1957

映画というのは本当に素晴らしくて、忘れられないシーンというのがいくつも胸に焼き付いている。全貌やストーリーなんかは、健忘症気味の私の脳みそではすぐに忘れてしまうが、すぐれた印象のカケラなんかが棘みたいに突き刺さって残っている。とりわけその印象がラストシーンに含まれている時、それは忘れられない映画としてインプットされる。今回の「楽園狂想曲」で参考にした、というよりやってみたくてうずうずしたラストのイメージをひっぱってきたのは、恐れ多くも巨匠フェリーニの「カビリアの夜」のラストシーンである。このラストシーンを見た時に「転覆」みたいな感覚のこ気味よい表現に驚いた。

?

映像の魔術師と崇められたフェリーニ映画、その傑作と呼ばれる「81/2」というイメージ性の強い作品から入ったので、「カビリアの夜」を見た時はあまりの普通さに驚いた。この作品はフェリーニ初期の作品のため、ストーリー性のある、入りやすい作品になっている。彼の奥さんでもあったジュリエッタ・マッシーナ演じる娼婦カビリアはまさしく愛狂おしいというのはこんな女性のことを言うのだろうなという感じ。純真で愚直でコケティッシュな魅力で溢れている。三万リラのために男に騙され、川に落とされるという滑稽なシーンからはじまり、ローマの遺跡跡で踊ったり客を取ったり、娼婦仲間との喧嘩をしたりする毎日が描かれる。ある日、映画スターに拾われたと喜びはしゃいでいたと思いきや、喧嘩したスターの愛人が尋ねてきたために一晩をバスタブで過ごすはめになる。絶望は次々とやってきて、教会に行き神にすがるも報いられず、果ては見世物小屋で奇術師に催眠術にかけられ笑いもののネタにされる。純真な男オスカルが現れ、やっと幸せが訪れると思いきや、彼もカビリアの持つ持参金が目当ての男であったのだ。ラストで裏切られたカビリアが湖のほとりの崖で、玉のような汗を浮かべて彼女を湖に突き落とそうとする男を前に、絶望したカビリアは「もう生きていたくないの、お願い殺して」と懇願する。家も金も男も、何もかも失ったカビリアだったが、とぼとぼ歩く道でギターをかき鳴らしお祭り騒ぎをする村の若者に囲まれ笑顔を見せる。そのなんともいえない音楽の非常な陽気さが胸をすく。カビリアにはそれでも純真な気持ちが残っているのだということが分かるのだ。

?

ナイトクラブで踊るマンボのシーンと、もう生きていたくないのだと崖っぷちで叫ぶシーン、対して陽気な音楽の奏でられるラストシーンが印象に残っている。フェリーニ映画は宗教や現実に対する疑心がたむろするものの、虐げられるくだらないものに対して口笛を吹いて賛美してあげるような心の良さがある。





打ち上げの際、衣装さんから頂いた枯れないバラ

さっそく飾ってみました



トラックバックURL

http://shisyw.blog81.fc2.com/tb.php/124-e47fd3bb

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

コメント投稿フォーム

Paging Navigation

Navigations, etc.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。