刺繍草紙

logs

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

モディリアーニ 真実の愛

公演を終えて何をしてよいものやら分からず、ライブに行ったり、読むべき本をかたっぱしからめくってみたりしている。見ようと思って2ヶ月近く放棄していた映画「モディリアーニ」の続きを見ることにした。モディリアーニといえば「モンパルナスの灯」だが、あいにく見ていない。モディリアーニは気になる画家の一人なので監督の名前は聞いたこともなかったが、映画のタイトルが気になったので見た。エコールド・パリの画家総結集する「ラ・ロトンド」というカフェを舞台に異端の画家モディリアーニを描いている。キスリング、スーチン、コクトー、ピカソ・・・知った名前がオンパレードなのは華やかで嬉しい。サロンで一枚一枚、展示作品を覆った布がはがされていくラストシーンでのカメラワークは絵への畏怖が感じられた。街角で男達に襲われて殴られながら殺されていくモディリアーニの倒壊をシンクロさせた映像で練られていた。途中ピカソと郊外のルノアールを訪ねるところや、精神病棟へ監禁されたユトリロを見舞いに行くシーンなんかが良かったと思うが、特にとりたてて優れたものという印象はない。インタビューで俳優達が口々にこの映画の脚本や世界を絶賛していたが、俳優に陶酔されるようでは二流ということなのかと思ってしまう。なんとも変なことだが、インタビューで俳優が、さっぱり分からなかったとか大嫌いだったなんて語っているもののほうが、得てして素晴らしいものが多いのはなぜだろう。人は不可解なものに弾かれるし、本当のリアルとは「分からない」の一言に尽くされるものだからかもしれない。かといってむしろ俳優が生き生きとインタビューに答え、アンディ・ガルシアに至っては俳優をしている以上、一度は挑戦したい役だとのコメントを出していて、程度は違えど同じようなことをやっている人間としてその言葉に感動してしまうのは複雑なことだ。絵のモデルであったジャンヌとの愛の話で「君の魂が見えたら、瞳を描こう」というのはなんだかやすっぽく、モディリアーニの絵は瞳孔の与えられないその欠如に美しさがあるのに、モディリアーニファンとしてはいささか不満の残る展開ではあった。監督として独自の解釈があるのは結構だが、もう一段闘って昇華して欲しかったというのが本音。モディリアーニの芸術に肉迫するほどのげ表現でないと、この題材を扱うのはなかなか難しいというのが感想だ。 

トラックバックURL

http://shisyw.blog81.fc2.com/tb.php/123-ae20de30

この記事へのトラックバック

この記事へのコメント

コメント投稿フォーム

Paging Navigation

Navigations, etc.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。