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友よ、また逢おう

「楽園狂想曲」でPVを担当していただいた大手氏とバーベキューをした。彼女の本職はTV局のADなのだが、なんでも睡眠時間1時間なんてざらの超過酷労働、話を聞いていると非常に痛ましかった。それでも彼女の「遊んでやろう」というパワーがすごくて、朝まで飲んでコンサートをこなす来日大物アーティストかくや、のすざまじいエネルギー。感服しました・・・それにしても彼女の作ったPV、今から見ても短時間でツボを抑えてる。指先や、足の動くときにつま先が浮く様子を撮るとか・・・なかなかTVの人とは思えぬ映像作家の感性も見せてくれた。


少し難解な本を読んでいるので、箸安めにと思いこんな本を読んでみた。「友よ、また逢おう」。この本は1991~1992年のあいだ、村上龍と坂本龍一のあいだで交わされた往復書簡をまとめたものだ。村上龍は裸の文章でざっくばらんに話しかけていて、答える坂本も屈託のない形で答えている。もちろん坂本龍一の屈託のなさは龍のそれよりはるかに機械的な感じがするが、それは坂本龍一の性格に起因するものと想像できる。その冷たさは別に、あたりまえだけれども性格の冷たさと=ではない。



1990~1991とはどんな頃かというと、湾岸戦争が勃発したり、ソ連が崩壊したり、バブル崩壊がきざしたりしている。坂本龍一はワールドツアー後、ベルトリッチ監督と「ラスト・エンペラー」の次の作品、「シェルタリング・スカイ」のサントラ音楽を作っている。村上龍は「トパーズ」の監督として撮影に没頭している。そうしてふたりともキューバのリズムや、その政治的暗さと打って変わった人の明るさに傾倒している。そんな頃の話だ。村上龍は自ら熱くなるものに対して少年のように目をキラキラさせて坂本に訴えている。カメラを買ったこと、ゴダールに会ったこと、アンゲロプロスに頭を打ったり、戦争や社会に対する思想の格闘も(どう考えればいいのか?といったことまで・・・)。坂本龍一はケージやドビュッシー、母体回帰するビートやベルトリッチの映像や、工場が好きなことまで書いている。そうして後半は二人ともキューバ音楽礼賛だ。最後は浅田彰が解説を書いている。いささか時代は古いがまだま現役に面白かった。


関係ないけれど今、「白色テロル」というバンドをやっている。龍の手紙に「テロル」の文字が2箇所ほど出てきた。そこを紹介しようと思う。


(アルバム「ビューティ」への賛辞として 村上龍から坂本龍一へ)

 エディ・マルチネスのギターは明らかにテロルの香りがした。ジョン・メイオールに始まる無反省なロック・ギタ―、それはロックの神話、ロックの幻想におけるチャウシェスクのようなものだった、それを殺していると思う「AMORE」はラヴ・ソングだった。








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