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マジックステージ106

研究と遊興の一心で北新地のマジックバー「マジックステージ106」に行ってきました。
『酔筆奇術偏狂記』のチラシを置いてもらおうとしたら、オーナーのルビー天禄さんが「天耕さん、知ってますよ。若い頃はお世話になりました」と言って下さいました。ルビー天禄さんはお若い時に祖父の招きで和歌山に行って、マジックを披露したとか。また、祖父を知ってる人に会えて感激しました。

ショーはテーブルマジックを何本か見せてくれた後、ステージマジックへ展開。イリュージョンの道具ものや鳩、トランプ、ハンカチ、コイン、チャイナリングからメンタリスムまで色々趣向が凝らされ楽しかったです。上手なマジシャンの手の動きは綺麗で見飽きることはありませんね。中でも音楽を決めてから奇術を考案するという私とよく似たタイプ(恐れ入ります)のルビー天禄さんが演出した、サザンオールスターズに乗せて爆音で展開するマニピレーションの妙にはロックオンされました。

プロフェッショナルの奇術は到底真似できるものではなく、再び演出をどうしたものか悩みます。マジックの本質が何なのか更に煩悶するものの、想像外に楽しい時間。今まで俄然、テーブルマジック派だと思っていましたが、サロン、ステージとっても惹かれました。やはり舞台の人間ですね。噺家然とした味のあるトークといい、タランティーノ的(敢えて言うけど)ダサカッコイイミキシングがこそばゆいアレンジといい、上品な笑いも感じが良く、「マジックステージ106」に行ったら楽しめること請け合いです。


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スカッと

自分のことを詰まらない人間だなと常々思ってはいたけれど、人から言われるとまさにああ、そうだ私は詰まらない人間だったのだということに合点がいって驚く。人はなるべく自分のことは特別だと考えたいものである。こうして演劇やら音楽をやっているけれども、裏を返せば休日やアフターファイブに何をしていいのか分からない、まったくもって面白くもない人間の標本だ。

しかしながら、詰まらない人間だからといって生を返上せねばならぬほどの決意も持てず、生存権がなくなるわけでなし、こうして詰まらぬままなんとかあがいても生きてゆかねばいかないということを突き詰めると、息の詰まる虚しさ。申し訳ないのがこうして周囲も窒息させていくことで、人の日照権を奪って生きているような悲しい気持ちになる。

マジックものということで「晴天の霹靂」を見に行ったら、今では売れっ子の劇団ひとりの脚本が、詰まらない人間にスポットが当てられたものだった。主人公の売れないマジシャンのは部屋中ゴミだらけ。コンビニで買い物した弁当やラーメン容器、エトセトラ。買い物に行けば半額シールの貼られた惣菜を買ってしまう。売れている後輩がやってきた時はつい小さな見栄をはるあたりがいかにも小物。そんな彼が生まれる前にタイムスリップして、自分の母が自分を産んでくれた光景を目の当たりにして生きる意味を見出すという簡単なストーリーだったけれど、もちろんひねくれものの私はいかにもな音楽を鳴らしてお涙頂戴の感動シーンでは全然泣かないが、公園で主人公が半額で買ってきたホットドックのソーセージをボトッと地面に落として、それを公園の水道で洗い流して食べようとするところで心を打ち砕かれ、かなり涙腺が緩んだ。そして感心したのはもちろん今は売れている劇団ひとりのルーツがそんな詰まらなさにあるということと、それを隠さないでバイタリティーにして映画をつくったということだ。そういう意味では同じ芸人監督とビートたけしや松本人志を彷彿とさせ、芸人というのは血を吐くほど練習すると噂されるだけあってなかなかすごいものだと思う。私なんて自分のつまらなさが恥ずかしくてたまらないので、なるべくそれを隠したいものだが、それを隠さないで強みにする強さはもはや詰まらなさからはるかに乖離して偉大だ。

マジックの映画といえば「イリュージョニスト」というアニメーション映画も取るに足らないマジシャンを描いている。詩情たっぷりな味のあるイラストで描かれる高次のアートシネマではあるけれども、売れないマジシャンのつまらない人生にスポットをあてているという点ではなんともいえない悲しさがある。しかも特に最後に救いもない。ラストに救いがないというのは私の大好きなパターンであるので、私はその意味でも「イリュージョニスト」と評価しているが、現実と考えれば過酷なものだ。

同じマジック映画でも「プレステージ」や「グランド・イリュージョン」「奇術師フーディーニ」なんてのは華々しい。私はあの「メメント」のクリストファー・ノーラン監督ということで「プレステージ」に最もマジックの蠱惑を表現した作品として拍手を送りたい。まぁ、単に趣味かもしれないが、あのサイコ感にゾクゾクするのだ。

さて、私は詰まらなさについて語りたかったのだけれど、いつの間にかマジック映画の話になってしまった。まぁ、いいか。詰まらなさについて語っても詰まらない。

『酔筆奇術偏狂記』の特設サイトができたので見てみてください。レトルト内閣のWEBは作品よりもすごいと思う。

http://www.retoruto.com/suihitsu/index.html

あと、私がテキストを担当している作品『S/Mオペラ』のことは諸事情により特に公式HPには載っていないけれども、きちんと上演されるし、すばらしい作品なのでよかったらいらしてください。
http://shisyw.blog81.fc2.com/blog-entry-680.html

血が流れている

次作の『酔筆奇術偏狂記』というのは私の祖父が書いた本の名前だ。
フィクションも交えたかったのでまったく違う名前にしようかと思ったけれど、皆がいい名前だと言ってくれたので使わせてもらうことにした。生来から道楽気楽だった祖父(もっとも、それは葬式や法事などで私の耳にした親類縁者のごく狭い情報によるもので、祖父のことを調べるごとにもっと学者肌で細かいところのあった人ではないかと思う)は草場の陰から私の勝手を怒らないだろうと思っている。

ごく最近までこの本の存在は知らなかった。手品の技法について本を出したことは知っていたが、とても専門的な本だと聞いていた。叔母に頼んでその本を読んでみたいと頼んだら、次々と色々な本がでてきた。その中の一冊『酔筆奇術偏狂記』は奇術に関することが多くを占めているもののいわば自伝のような体裁をとっている。面白いので奇術やら、その時代やら、祖父が暮らした和歌山という土地やら色々と調べ始めたら自分のルーツに迫るようでまたとない体験だ。

私はずっとこうして演劇の端くれのようなことをやっているのは、「祖父の血だ」と言われていた。その意味について深く考えたことはなかったが、こうしてマジシャンとしての祖父の人生に触れると「ふんふん、なるほどなぁ・・」と合点のいく部分がある。現在の奇術家でも年配の方は祖父の名前を知ってくれていて「有名な方でしたよ」と言ってくれたりした。祖父や祖父をとりまく人々の人生を通じて、自分自身の生き方を考えるようになった。

なんとまあ、ずいぶん年寄りくさいことをするようになったものだ。

劇団レトルト内閣「酔筆 奇術偏狂記」チケット予約ページー三名刺繍専用ー
http://ticket.corich.jp/apply/55973/021/


酔筆 奇術偏狂記オモテ_WEB用軽量データ

有無

SBCIレコーズから発表されるミュージックはアンフォルメルで、レコードに針を落とすとひんやり、肌の表皮がぞわぞわとしてどんどん削れていく。その音は大勢の笑い声の遠くなっていく音に似ていて、良いものに感じて手を伸ばすとあまりの汚さにぞっとして、思わず手を引っ込め、腕ごと切り落としたくなる。その音を綺麗と呼ぶ人がいたが、あまりに人生を知らないか知りすぎているかどちらかと見えて、いずれにせよ生まれ変わる前にまで戻って、もう二度と生まれ変わりたくはない。SBCIレコードは倒産しない、膨れ上がるばかり、縮小産業ばかりの経済界で唯一と言っていいほど期待が持てる星。二十四時間営業、残業、過労、労働争議、疲労、ワクワクするほどの人権万歳。まさしく・・あれのことだ。思い出せない。

人形に苛立ちをぶつけると自分に返ってくるらしい

如月小春の『DOLL』を読んで、またもや私は如月小春になりたいと思った。
如月小春は普通で優しく、そして繊細で美しい。
如月小春はもう私が知った時には死んでいたけれど、それでも死んでくれていて良かったと思うほどに何か輝きを持っている。(別に嫌な意味ではない)。

白さの白の中に更に白さを見出すように、その戯曲は真っ白だ。音楽の楽譜の音符の隙間を演奏しているようなその本。
朝から頭痛が耐えなかったけれど(最近、頭痛がひどい。頭痛というものは色白美人の専売特許だと思っていたが、突如突然変異して私が色白美人になったのでもなければ、単にその身勝手な偏見は覆された)、如月小春の戯曲を読んだ時はスッと痛みも苛立ちも消えた。

兄 楽しいなんてのは、わざわざ考えたりして分かるもんじゃないさ。全部忘れている時が以外と楽しかったりするんじゃないのか。
麻里 そうかなあ。そうだったら何か考えたりするのって不幸せみたいじゃない?楽しい・・楽しい・・私はいったい何が楽しいんだろう・・

右耳 あら奥様どこかおでかけ
左耳 ええ、今日はちょっと実家で、排他主義なんですの
右眼 まあ、よろしいこと。おぼっちゃんは?
左眼 さいわい主人の母が隣人訴訟なもので。

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