刺繍草紙

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美の響演

アートって何でしょうね。
時折、アートなんて訳も分からないし、そんなに好きでもないなんて思います。

だけど、美術館に足を運ぶと、ふっとキャンパスの中を、彫像の中を旅している自分がいる。

カリブに行った訳でも、ギリシャに行った訳でもないないのに、
わずか数時間の中に、時空を超えて旅した自分がいる。

ふっと肩の力が抜ける
自分の存在が宇宙のチリのように思う
悩みも悲しみも、なにもないんだと感じる


中之島美術館で今、開催されている「美の響演」。
「美の響演」?
なんてコンセプトのないキュレーションなのだと驚いたけれど、
20世紀からの、貴重な作家の美術作品群が観れるので、満足度が高い。

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ジャン・ミシェル・バスキア「無題」

時折、私はミシェル・バスキアの絵になりたいと思う。
無邪気で乱暴で、落書きのように。

バスキア 無題



シュテファン・バルケンホール「赤いシャツとグレーのズボンの男」

削ぎ落とされたミニマリズム。ドイツ出自の木彫家らしいつめたい温もり。
この人の作品と目を合わせると、いつもどこかに帰りたいような、不思議な気持ちになる。

赤いシャツとグレーのズボンの男(バルケンホール)


ウンベルト・ボッチョーニ「街路の力」

この工業化時代推進の、鉄が時代を砕くような勢いのある作品群。
イタリア未来派の画家に心惹かれる。

街灯の力


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もし生きていく意味を見失いそうになったら
何か創った方がいい

何を創っていいか分からなくなったら
自分の内面など見つめてはいけない。
自分の中に音を探したり
声を聞いてはいけない

ランボーの詩を読んで、壁に頭をぶつけるのはよくない

美を探してもいいけど、美が化石のように思えたら
目を閉じて、例えばCoolとは何か考えようかな・・

Coolとは何か分からなくなったら
Dumb typeを観るのはどうかな。

衝動が訪れたら、その瞬間、世界の様相は変わる。
それが生きてるということだ。
私の神はまだ死んでいない

Dumb type


「眼帯のQ」のXtra ver.

「眼帯のQ」リハーサル

珍しくリハ終わりで、いつも演出の佐藤さんと飲んでいる三名です。
知識豊富な佐藤さんと渡って会話するのは、大変ですが
演劇において目指す方向が同じであるから、勉強にもなれば、
同じく良いと思うものを共通認識しているところもあり楽しいものです。

佐藤さんと話す時、
たいがいその時代の文化相関図を書いたときに、ベクトルがよろずに向いている演劇の鬼才、
寺山修司の話が出ていて、その話からスタートします。

この間の会話の流れは・・確か・・

寺山修司の天井桟敷に森田童子は2作品期間ほど所属していた。

森田童子を再び世に認識させたドラマ作家野島伸司の選曲能力は抜群だった。

野島信司のドラマにはモノローグの挿入があった。ドラマ、演劇や映画においてモノローグとダイアローグはどのような効果の差を持つのか

映画においてはモノローグはあまり意義を持たない。カットやアップで風景にモノローグさせることが出来る。演劇において、俳優の能力が問われるのはダイアローグの方である。

映画といえば、同時代に活躍した岩井俊二の才能には愕然とした。「スワロウテイル・バタフライ」のようなどこにもない世界観はどう生み出されるのか。

なんてことをとりとめなく話してたように思います。

肝心の「眼帯のQ」のリハーサルは非常に上手く進行しています。
女優陣がデカダンスと日常性の中間のような雰囲気を醸し出しています。

俳優が退廃と恍惚を理解する身体性を持っていること
それが、演出意図とうまく調和して演出と作品の良い部分を出しています。
「眼帯のQ」のXtra VER.
楽しみです。

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「叙情的遊園地」読み合わせ

三名です。

そろそろ、日差しも肌を刺してくる季節になりました。
チャルナカさんの「叙情的遊園地」という企画で、南出謙吾さんの台本「触れただけ」を演出させていただくことになりました。

いよいよ、準備段階。
まず、台本を読みながら、明かりやサウンドのイメージを固め、鉛筆で印をつけていきます。

フェイドクロス(FX)、カットクロス(CX)、FXならどの台詞の位置から、どこまでに変化するか。
レトルト内閣では完全にCX派の私ですが、今回はいつのまにか状況が変わっていたという
シーンが多いのでFXを軸に組みます。カラーよりもまずIN、OUTとサスを組みます。

台本に描かれている「マンションのベランダから見下ろした交差点」をヒントに、中心に流れる音楽を選びます。
無機質で、孤独感がありながら、交錯していくような音を選び、
統一性が出るよういくつかアーティストの候補を絞ります。
音を入れるポイントを絞り、マーキングします。

音と同時に映像によって、完全にシーンを浮き上がらせる箇所も選びます。ともすれば普通の会話であるシーンをもっとアート性のある印象にして、デフォルメします。


次におよその装置のイメージを立て、幾つかサスのパターンと共に構築。
ある程度の立位置なども、力加減の状況から組みます。

ここで抽象性と具象性をどのレベルで中和するのか、いつも迷います。

稽古は対話を中心に作っていくことにしました。レトルト内閣はいつも様式美を重んじますが、
今回は俳優とコミュニケーションをとりながら、丁寧に演技をしてもらい、
演出は心情をクリアに浮かび上がらせるデフォルメにとどめます。

南出さんは「完全に台本を壊して、踊ったりしてください」と仰ってくださいましたが、
いつもより、リアリティのある作品にしようかと思っています。

俳優と話しながら作っていく、始めての形が印象深いものです。


南出さんの台本は、等身大の男と女のストーリーで、共感できる部分が多く、
稽古をやりながらも、何かの記憶が語りかけてくるような、不思議な感覚が呼び覚まされます。

それは誰でも知っている、ありふれていて言葉にならない感覚で、
それが見てくれる人に伝わっていくように演出出来れば、きっと成功です!

「叙情的遊園地 vol.1」
7/20-21@Sekaikan
http://chalnakajyojyouteki.jimdo.com/


チャルナカ







David Lynchを語りたい

突然ですが、David Lynchを語りたく思います。



昼でも夜でもない

夢でもリアルでもない

入口でも出口でもない

嘘でもホントでもない

誰もいないが、誰かいる
笑っちゃいるけど、声はない

搭乗口で出口ゲート
こんにちはだけどバイバイ

名前はないけど、名前で呼んで
大きなマンション、豆粒ほどの庭、血の跡、
無意味の意味知る

どこにもないホテルに宿泊し
効かない薬を飲んで

書かない作家と
歌えない歌手と
手の甲をさすりながら



マルホランドドライブ

「Mulholland Drive」 David Lynch
- わたしのあたまはどうかしている

AKB総選挙を観る

福田と藤の安定志向コンビと私とでAKB総選挙を観るという企画があり、昨日実行された。
世事に疎く、AKBなど5人名前を言えるかレベルの私だったが・・・

AKBには一言あるという福田の解説付きで安心して観れた。
「今○○さんは内心、煮えたぎっております・・」というユニークな心の実況中継もついていた。
福田はスピーチ内容の行間に込められた戦略まで読み解く優秀なコメンテーターぶりも発揮。

が・・・さすがの福田も藤も指原莉乃の一位予想はならず。
TV画面を前に全員が「えーーー」と叫ぶサプライズ劇、大波乱の選挙だった。
指原がHKTに移籍して1年、窮状から上がっていこうとする姿が今の日本の姿と重なるのかな。
いつも万全ではなく、心もとなく、でもあっけらかんとした笑顔が、
時代のムードを反映してるような、していないような・・・

そして僅かに世事レベル上がりました。はは・・。


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ファッションショー

nuthigsで行われるファッションショーに協力することになり、打ち合わせに伺った。
駆け出しのデザイナーたちがデザイン画を持ち込み、経験の少ないモデル達がウォーキングレッスン。
昔は第一線のプロモデルで、今はデザイナーであるゆきさんが指導にあたっていた。

以前、レトルト内閣の舞台アンケートにこんなコメントがあった。

「レトルトの舞台を見ると、新しい服を買いに行きたくなります」

そのアンケートが本当にうれしかった。
新しい洋服を買いにいきたくなるような舞台!・・なんてドキドキする響き。




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女優という役の服。この服は、まねをする。演ずる。転げまわる。取りまかれる。
体をぎゅっと締めつける。こちらをうかがって見ている。眼鏡を下げる。
よく動く。とてもよく動く。じっとなんかしていない。

その身動きは何かを基準になんかしていない。
その身動きには切れ目がない。まるで呪文を唱えているよう。


彼女にはーこの服にはー電気が走っている。あちらこちら、と絶えず動いている。
さっとかすめて、ふれて過ぎる。挑む女、彼女はー服はー挑発する


ソニア・リキエル『祝祭』より


レトルト内閣第18回公演「猿とドレス」
はファッションを取り巻く話です。

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イカロスの森 再生

三宮で小劇場の先鋒であった「イカロスの森」が閉鎖になり、新しい「イカロスの森」が灘にOPENしました。
次のイカロスは王子公園の近く、山手幹線沿いにある2階建てビルの地下にあり、アングラ感の影を全面に漂わせながらも、旧イカロスより間口が一間半ほど広く、楽屋に年代物の鏡前も取り付けられた便利できれいな劇場に変身しておりました。劇場の杮落とし作品にあわせ、一面がゴッホの星月夜のように群青の渦巻きで塗られていました。

オーナーのミキさん、二ノ宮さん夫妻のお人柄あってでしょう、地元の方々が沢山応援に駆けつけ、客席を埋め尽くしていたことが印象的でした。劇場に対し野暮ったくもなく、ツンとすましている訳でもなく、地元のお祭りに対するような、街のささやかな熱気や愛情を感じていることで、なんとなく街が劇場を抱える魅力というか、ヨーロッパや、小津安二郎の「浮草」に出てくるような小さな劇団があちこちを廻っていた、あの温かみを思い起こしました。


演目は北村想の「私の青空」。なかなか重量感のある台本で、重さと軽さが大量にあり、苦労しながら演じておられました。杮落とし公演は来週末までやってますよ。

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