刺繍草紙

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祝 堀容子さん

五月のある日、嬉しいお知らせが舞い込んできました。
なんと舞台美術家の堀容子さんが、舞台美術の栄えある章を受賞したというお知らせです。

●第40回伊藤熹朔賞奨励賞
堀容子さん
(OSK日本歌劇団『BLIND ブラインド~耳なし芳一より~』、いるかホテル『木曜組曲』、遊気舎『剥製の猿』の装置に対して)

恥ずかしながら、伊藤熹朔賞という賞があることも知らなかった私ですが、なんでも舞台美術界唯一の賞ということで、嬉しい限りです。堀さんは2006年の「倦怠アヴァンチュール」初演と2005年の「夢の花床」で美術(舞台装置)を作ってくださいました。
丸みを帯びたフォルムで伊東豊雄などのルーツを感じさせる現代的なデザイン。シンプルな中にも多くのディティールを詰め込んだ深みのある美術は、思わず見入ってしまうものでした。多くの劇団が予算不足に悩み、映像や音楽への傾倒し、美術から淘汰される厳しい中、自分のスタイルを貫いて続けてこられたのだと思います。

久々に連絡いただいて、私もお祝いのメールを返しましたが、その中に
「とにかく諦めないことです」
と書いておられ、その言葉の重みにぐっと頭が下がりました。

女性の小さい体で木材を担ぎ、自分の何倍もある美術を作り上げる。チェーンソー、塗装噴射機・・さまざまな道具を操作し、倉庫の中で、朝から晩まで休むことなく美術を作っていた堀さんの姿を思い出します。

自慢じゃないですが、私は数時間手伝っただけで、倉庫内の熱気と過酷労働に熱中症でぶっ倒れました。

舞台美術というものは、街の建築物と違って、すぐ消えるパビリオンみたいなもので、わずか週末公演2泊3日程度の命です。建てては壊し、建ててはまた壊すだけ。いつも消えゆく自分の美術を愛おしそうに見ておられました。

作品にも思い入れのある方で、劇団のクリエイションスタイルなんかも色々とアドバイスいただきました。
また一緒にやれる日が来るといいなぁ。

本当におめでとうございます。


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西成PV第一弾

安定志向の西成PV第一弾が公開されました。
わたし、地味に安定志向の曲を昔作ったのですが。ほんと反省してます・・・。
精一杯やらしていただいているのですが、音楽というのはほんとに深い世界で、PCで素人が曲を作れる世の中になったとはいえ、キックドラムの一音色作るのに数日・・なんなら数年かけるこの世界で、いったい片隅にもどう生きればいいのか戸惑うばかりです。

とはいえ、メロディック+詩的根暗歌詞+ループ+マイナーコードなどというものを特徴にしてきたのですが
今回は安定志向の音楽もバックに流れる音楽もわりと明るめに作られています。
え・・・これで?
はい。

使ってくれてありがとう。
音楽はいいですね。心の慰めで、自分から世界に向けるストレートなコミュニケーションですから。

しかし、わたくしめの話はいいとして・・・西成ですね。

あ、西成はたこ焼き屋が多くて、しかも安くて旨いってのが心を揺さぶります。たこ焼き好きの私としては・・・。たこ焼き屋は映像に出てませんけどね。じゃ、なんでたこ焼きだって話ですよね。

でもたこ焼きについて語りたいパッションが半端ないんで続けます。というより、なんでタコ焼き屋を出してくれないんだ!安定志向。2弾目はたこ焼き屋特集でお願いしたい。住民投票してやる。西成住民じゃないけど。

話を戻して、たこ焼き屋で焼いているヤキソバも美味しいですよね。たこ焼きはやっぱり塩派ですか?私は醤油も捨てがたいかなぁ。たこ焼き友達募集中。

PVですが藤京子は子育て多忙でちょびっとだけしか出て来なくて、その分お一人様、福田恵が全力で頑張ってます。漫才コンビとは思えぬ、ええ感じのPRVですねぇ。誰の策略だ。

西成君素敵ですが、ちょっと頭がでかすぎですねぇ。彼に入る帽子はなさそうですねぇ・・脳みそちいちゃい私よりマシか・・・ふう。




デヴィッド・ボウイ

『ゴドー(GOD)を待ちながら』の表題で阿木譲さんが寄稿しているデビットボウイに関する本が「文藝別冊/KAWADE夢ムック」から出版されたらしいので、Amazonで購入することにした。

実は役得で(なんの役やろ・・)出版前に原稿をちらっと見せていただいた。もちろんボウイに関する記事なんだけど、あのベケットの名作「ゴドーを待ちながら」を切り口にしていた。彼の音楽と死生、不条理、無常を「ゴドーを待ちながら」から解いていくテキストで、そのクロスオーバーなエディット感覚が流石クールだなぁと感動した。

私が演劇に関わる人間だから、特別にちらっと見せてくださったのだと思う。阿木さんから、ある時はRobert Wilsonとアントニー・アンド・ザ・ジョンソンズの関係性を教えていただいたこともあった。

ふっと気付けば、ボウイの本はすでに出版されていて、原稿を独り占めしていたシークレット感がなくなって少し残念だけれど、そのテキストは広く世界のためのものだと思う。阿木さんのクラブ、nuthingsは前衛音楽の発信スポットであるだけじゃなく、音楽・演劇・ファッション・アート・映像・・・・色々、カオスな知識の集積・交信場所で、行けばいつも誰かに、何かに触発される。

aoeさんも、paravoraさんも、麻美さんもここで知り合った。黙って阿木さんのDJを聞いていると色んなビジュアルやストーリーが浮かぶ。今度、nuthingsでの出会いで結成された舞踏とraptop/DJという異色のユニット、ロマンチカ学校もここで作品を創作するらしい。


そういえば,うちのメンバーで演劇にとどまらないアートの発信場所を目指して頑張っている人間がいる。メンバーのこみたおは六甲山で働きながら、10年先を見据えて六甲山を大きな文化発信スポットにしようとしている。
http://www.rokkosan.com/art2013/about/

世界は動いてゆく、やがて訪れる何かを待っているのかな・・

僕は不完全な死体として生まれ、何十年かかって完全な死体となる(by寺山修司)


ボウイ

お知らせ

いつの日も気にかけてくださり、応援してくださる皆様、ありがとうございます。
たった一人でやってきたわけではないこと、いつも忘れません。

本日、劇団レトルト内閣からいくつかお知らせがあります。

●次回新作決定
「ゴシップ(仮)」2013年11/29(金)~12/2(月)@HEPホール
久々に新作書き下ろしで気合が入っております。レトルト内閣らしいダークで華やかな作品になる予定です。

●初夏、BiS/新生アイドル研究会(avex trax)に加入しました
レトルト内閣の2011年の作品に「さらばアイドル、君の放つ光線ゆえに」という作品があり、初夏はそのアイドル役の一人で出演していました。また2010年の「絶叫ソング」という作品も、猫耳ちゃんという地下アイドル役でした。まさか、本当にアイドルになるなんて。
この話を聞いた時は胸いっぱいで、すぐには言葉も出ませんでした。
応援してくださいね。
http://www.brandnewidolsociety.org/index.html

●Q本かよ 入団のお知らせ
前にもブログでちょこっと触れましたが、「倦怠アヴァンチュール」木の葉役出演のQ本かよが正式に入団する運びとなりました。人生血迷い気味を気になさらず、応援してくださいね。可愛いです。

●退団のお知らせ
新たな道を模索して進み始めたメンバーです。一期一会に感謝し、応援してます。
・井原正貴(俳優)/ハスキーボイスの新人。東京で声優を目指して精進中です。メディアで彼の名を見たら、
頑張ってるんだなぁとほろっとしてあげてください。
・上島千明(制作)/チケット収益の計算が出来ず泣いてたことが嘘のように成長していきました。キャリアウーマン目指して、就職。
・柴藤初枝(衣装)/彼女がいてくれて、衣装への見解が変わりました。緻密で丁寧な裁縫でした。多忙につき退団となりましたが、また時間が空けばお手伝いしてくれるでしょう。
・西條千紘(美術)/「さらばアイドル」から過去3作、最大の功労者です。小さな体躯の美大生で、学生とは思えぬ美術を作り上げました。ディスプレイという新たな分野への挑戦です。


******************
以下、三名個人の活動のお知らせです

●チャルナカ【叙情的遊園地】Vol.1 @世界館
2013/07/20(土) ~ 2013/07/21(日)
3本立て作品のうち、南出謙吾さん(劇団りゃんめんにゅうろん)のショート作品を演出させていただくことになりました。台本を拝見しましたが、繊細な雰囲気を持つもので緊張です。
別作品でレトルト内閣の福田恵が出演します。
http://chalnakajyojyouteki.jimdo.com/

●「眼帯のQ」再演7/26~28
2013年2月に発表した「眼帯のQ」ですが、新たにリメイクして再演の運びとなりました。
構成員の変更により、戯曲も改定しております。
劇団レトルト内閣からQ本かよ、「倦怠アヴァンチュール」猫目石可憐役の佐々木ヤス子が出演します。

子供鉅人「モータプール」

またもや観劇。

BATIK黒田育世さんのエネルギー放出と和モダンの子供鉅人とのコラボレーション。

タイトルは「モータプール」。

リノリウムにグリッドに張り巡らされた白線を、女の子が「このままではあかん」と思いながら走ってる。白いスニーカーがノアールな地面に浮かんで、確実に地を蹴りながら、あかんあかんとブツブツ言いながらひたすら走ってる。

白線はモータープールの境界線から、一気に、体を支えるあばらや頭蓋骨のまっ白な骨になり、体を廻っている動脈や静脈になり、町や世界を横断し、切り刻み、連結していく線になり、女の子を取り巻く世界が、踏み出すごとに風景を全力で変える。

一方で昔自分の住んでいた家の建つ土地が、モータープールに変わってしまった男性が、昔の懐かしい我が家の佇まいを想起している。彼の脳内で昭和の日本の家、水屋、冷やし箱(冷蔵庫)、納戸、物干し竿、卓袱台、が次々生み出されて、その中で眠ったり喧嘩したりしている家族がいる。

時空は男性と女の子を中心に行ったりきたりして、男性は成長した走り続ける女の子と、将来は家族を作るのであろう仄めかしがあったりする。もしかしたら男性はただ廻っている季節とか時代とかいう抽象的なものに、一緒になるんだと呼びかけているのかもしれない。

落雷を浴びたようにノイジーに暴れる黒田さんの振り付けを、「もーうーヤダーーーー」とか「ここじゃないのよぉおおお」みたいに益山貴司さんが掴みとって、郷愁込めてアップデートして戯曲にして作品に落としたのかな。ライティングなんか生とアンバーのみ、潔くて「なんも要らん」みたいな飾りのなさ。パンにむちゃくちゃにバターなすりつけて口の中にほりこんだみたいなエキセントリックコラボで、自虐・暴力・我侭を抱きすくめるようなところもあり、ボーホーな味わいやった。

「カンセイの法則」を観劇

谷町9丁目って混沌としてません?

夜、真っ黒な寺の背後に巨大なファッションホテルが佇み、ヤッコが200円といった安居酒屋と、こじんまりして腕のいいシェフがいそうなイタリアンレストラン、その隙間を所狭しと新旧のマンションが立ち並ぶ。ようわからんけど、進むごとに節操のない街やわ。

地下鉄谷町9丁目で下車して、難波や桜川の方に向けて大通りの坂を下ると、阪神高速の分岐点が現れる。そこを左折するとまたもや寺社の暗闇が広がり、石壁や仏具屋が続くその並びに「シアトリカル應典院」がある。

應典院は寺が劇場を併設している珍しい作りで、墓場に続く5メートルはあるだろう自動ドアや、ソフトクリームを思わすような楕円をを基調とした内部構造を持ち、コンクリート打ちっぱなしに多種のガラスがはめ込まれていて明るい採光がある。エントランスには本棚が壁一面に据え付けてあったりして、この現代建築的な寺の建造物が結構好き。前から思っていたんだけど、わりと有名な建築家が建てたりしたんやろうか。

久々に應典院に行って、「カンセイの法則」を観劇した。
(上演中につきここからネタバレ注意)

海に面した山間部の村で、村役場(町長がでてきたので町役場かな・・寝ぼけた頭なので細部のことはお許しいただいて)に勤める観光課の職員と、その村に訪れた観光客二人の話。観光客二人(石井と河合)は都内で大手のランドマーク事業を展開する会社に勤めるテーマパークプランナーで、仕事の休暇で村に訪れるという設定。

石井は都内の美容院で整えられたカットで、毎朝綺麗にセッティングされるであろうイメージ。ポロシャツの襟も立てて嫌味なく着こなしてしまう。部下の河合は清潔感があって、フレンドリーだけど人と一定距離を保ち、冷めたような表情を浮かべている。かたや村の人間は、日に焼けた赤ら顔にひどい訛りで、どうも垢抜けないが、人懐っこく屈託がない。

石井はテーマパークプランナーとして自分の働き方に、何とは分からない違和感の塊みたいなものを抱えているのだが、この村の観光課の連中と出会い、部下の河合が変わっていく中で、自らは都会に残してきた仕事にトポスのようなものを見つめ直して帰っていく。

一人役場の総務部の女性で、東京の大学を出て、当時花形のアパレルメーカーに就職したが、しっくりこない疲労感を抱えて、村に戻ったという経歴の人がいたが、先端の都会感を生きたが、役場の暖かい感じにふわっと馴染むという彼女の役どころが、演じるにかなり難しそうだなぁと思ってぼんやり見ていた。

カンセイの法則はテレビ業界に関わりの深い劇団らしく、脚本は人物の書き分けが上手く、共感と突き放しがうまい具合にあって勉強になった。トレンディー感のある演技スタイルは劇団独自のものがあるように思い、不思議。音の入りポイントやスピーカーのプランニングの幾つかは好みかもしれない。

良かったら明日まで。(あ、ネタバレだから見てない人はここまで読んでないか・・・)

帰りに金夜でごったがえす電車に乗っていて、ちょうど窓際に立っていたのだけれど、後ろから強烈な視線を感じ、窓越しにその人を見ると、目ん玉を顔の真ん中に寄せて窓を睨んでいる。この人、自分が何者か突き止めようとでもしてるんやろうか・・・と思った瞬間、前景に闇色の淀川が広がっていることに気づいて、この人が外の景色を食い入るように見ていたんだということが分かった。

瞬きもせずに見ている。

黒くて水面と空の境界線のない淀川には、両岸のビルや橋の上を通り抜ける車のネオンが散らかっていて、もしかしたらその闇の中心部には磁場が働いていて、彼の額にはめ込まれた磁力と引き合っているんかなぁ。

ふっと今日観た劇を思い出した。



頭の中の旅

フィリップ・ジャンティの来阪公演がある。行きたいなぁと思って、チケット代を見てぎょっとした。七千五百円。小市民を拒絶する価格設定だ。

曲がりなりにもステージに関わる人間として、その採算の側面を考えれば七千五百円がそう高価な金額ではないことは分かる。わざわざ空の翼で大陸を越えてきた遠征費、疲れた四肢を伸ばして眠るところもいるから滞在費、大切な人形も大切に大切に運ばなくてはいけないので運搬費、日本にきたら幕の内弁当ぐらいつついて頑張りたいから食費、美術費、衣装費、リハーサルレンタル代、その高さに時折抗議の声があがる劇場費、ライティング、メイク、サウンドオペレーション、考えることは山ほど。

七千五百円・・白木屋に3回も行ける、アローズで可愛いトップスを2枚買える、市民税を1回払える・・・

昨日も照明の奥野と電話で2時間以上喋っていた。
「自らが納得できる作品を作るための投資は要るやろう、例え腹を切っても」
「腹を切るという発想からはヤラんよ」
「でもやっぱり作品至上やろ」

ジャンティの作品は人形が世界を旅するらしい。どこへ旅するんやろう。
キラ火山の火口、ナフカの遺跡、ピラミッドの先っぽ、希望岬、ゴビ砂漠、カスピ海?
客席に座って、舞台を見れば、遠く遠く、夢を連れて果ての方まで行きたいけれど。
タイトルは「動かぬ旅人」


香ばしい女の子

夕飯なのだが、タジン鍋にレタスときのこを山高帽のように積み上げて、バラの豚肉を薄く延ばしてその山高を覆い、Q本にいただいた「とりみそ」を加えて、蒸し豚の味噌煮のようなものを作った。

「とりみそ」?
とは何ぞや。

石川県の特産物で、ちょうど私がGWに実家に戻り、自分の顔の何倍もある大型テレビを眺めていたら、全国ご当地土産ランキングという番組が放映されており、有名無名は関係なくテイスティングで選ばれたその美味な土産として、10位内に見事にランキングされていた味噌である。順位は正確に記憶してないが8-4位ぐらいの間だったと思う)。

野菜を沢山「とれ」るように「とりみそ」と名付けられた味噌なのだが、金山時味噌を誇る和歌山出自の私が気になってしまう、色々な調味料を混ぜ合わせた旨いお味噌で、鍋にまるごと入れて調理される「とりみそ」鍋に思わず「うまそう」と呟いたのを、Q本がまるで隣に座って聞いていたかのように、翌日「すみませんが、土産ですけど、良かったら」とか言ってすました顔で持ってきたのだ。

Q本は倦怠アヴァンチュールに出演してくれ、その後うっかり道を踏み間違ってレトルト内閣に入団した女の子である。(こんなところでさりげなく言うが・・またHPで正式に発表する)女の子というか、女性なのだけれど、女の子というのがなんとなく似合っている。

律儀で公演やイベント毎に差し入れを持ってきてくれる。彼女が持ってくる贈り物は、的を得ていて、ちょっと不思議で、センスがある。なぜか「すみませんが」みたいな前置きと共に差出し、全く謝ってもらう必要はないのに、笑顔に変な俯き加減が微妙に混ざるところが彼女の良さである。

不肖私のバースデーにエジプトの塩、公演に洒落たチョコ菓子、土産にとりみそ・・。贈り物は彼女自身を現しているみたい。不快じゃないタイプの謎が目の中にあって、キュートなスフィンクスのよう。ゴダールの映画に出てきそうな綺麗で意味深な女の子で、バーでばったり出会って笑いかけると微笑んでくれて、一杯おごろうとバーテンに話しかけ振り返ると彼女はもうそこにはいないくて、着ぐるみのリスに話しかけれたような暖かさだけがスツールに残っているイメージ。

うん。とりみそは美味しかった、鍋の端についてちょっと焦げた部分が香ばしい。
Q本はそんな感じ。ありがとう。

泳ぐヒレ

桃園会の朗読劇、深津篤史戯曲リーディング「四季一会/夜毎の鳩」を観にいった。ほのかな恋の話とまとめてしまってはいけないかもしれないが、ラストで思わずキュッとなる切ないところで、生真面目にキュッとした自分に安心した。

演劇の世界も長く、作品を見ても腕組みしながら俳優やスタッフの技量を測ったり、斜に構えている風だと、自分で自分を嫌なやつだなとあざ笑ってしまうところもある。評論家でもあるまいし、かといって楽しめもせず、街の真ん中でヘッドフォンを耳にあて莫大音量で音楽にあわせて踊っているような孤独で滑稽な自分を連想してしまう。

深津さんの戯曲にどのような精緻さや仕掛けが込められていたのか、学ぶのか、評するのか、そのことは今回はまぁいいかな。たまにはそこに浮かんだ心象風景のあれこれにキュッとしたことを素敵と思いたい。

向かいの居酒屋に赴き、出演されている丸山さんを囲んで川内、福田、こみたお、一宮と久々に飲みにいった。一宮は淡いピンクのロングカーディガンを羽織っていて、それが彼に似合いすぎていて微笑ましい。


今日の感想や次回公演のことなどを話しながら、エイヒレをほどよく炙って、ビールで流し込むのが美味かった。海の中を泳ぎ進むためのヒレも、こうして炭火で炙られると端がカッと赤くなって、香ばしく焦げて、違う物体になる。
口の中にほりこんで皆の喉仏が動いているのを見ると、なんか体の中へ不気味なヒレが潜り込んでゆくような気がする。

アジアの天才

本屋で見かけた今月のキネマ旬報の見出しは「王家衛を覚えているか」だった。覚えているかだって・・我々は「王家衛を忘れられない」と書いて欲しい。

眼帯のQの再演プランが動き始め、演出の佐藤さんと二人でリハ後に大衆居酒屋に入り、固めの冷奴や冷めたトンペイ焼きをつつきながら、戯曲の改定について話していると、話はちょくちょく脱線を繰り返し、フローズンハイボールの柔らかい氷は何なのかとか、お前の劇団は東京に行かないんかとか、若いアーティストが共同で借りていた借家が空になったから使ってみないかとか、とりとめもなく色んな話が浮き上がって、すぐさま消えていった。

ふと思い出して「そういえば王家衛の最新映画出るんですよねぇ」という話になった。
佐藤さんはやっぱり知っていて、
「うん・・誰やったかなぁ、そうあの女優・・チャンツィーイや。あれが出るらしいなぁ」
「カンフー映画らしいですよ」
「ハリウッド資本やろ」
「そうなんですか」
「おもろいやろか」
「そりゃ家衛だから、最低の出来でもかなりおもろいんじゃないでしょうか」
「センスがちゃうからなぁ」
なんて居酒屋レベルで信憑性も薄めの雑な会話ながら、結構二人ともほのかに家衛新作の封切を期待しているのを感じた。

家衛といえば、風景がボディとしてそのボディを嘗め回すようなドイルのカメラワークとか、登場人物たちが傍にいる人よりも空中に向って台詞を投げているようなこっ恥ずかしさの照れ隠しやら空しさとか、凝ったピクチャレスクな画面構成だとか、突然空間が分断されて剥がれ落ちたような写真の連写イメージとか、色々あるけれど、でも私が思うには

彼の映画は、

感傷に満ちた風景の連続

なんじゃないかなぁ

俳優の言葉も仕草も空や建物も全部同じ。感傷でひたひたとシーンを満たしている。そういう絵作りが出来る監督って稀有で、だから家衛はアジアの天才なんだろうな。

さてさてそういうわけで(どういうわけだ・・)同じアジアの我々も「眼帯のQ」の再演、頑張らねば。

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