刺繍草紙

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de St Jean

公演が終る辺りに、久々に2曲作りました。
それにコードをつけていたのですが、ギターのかすれた感じや、ドラムやベースの響きを乗せたくて、久々に白色テロルでスタジオに入りたくなりました。暫く、刺激的な初夏がいないのが、なんとも楽しみを奪われる感じです。

この曲は邦題は「サン・ジャンの私の恋人」というのですが、「金色夜叉オルタナティブ」の2幕終わりで、貫一が曲者に滅多打ちにされるところで使った曲です。劇場入りしてから音楽を差し替えたのですが、この曲を背景にして、あのシーンの残酷さが冴えて、とても満足できました。

実はフランソワ・トリフォーの名画「終電車」のオープニングがこの曲です。大女優、カトリーヌ・ドヌーブが主演。ナチ時代に妻である女優のマリオンに匿われて劇場の地下に潜伏する夫の演出家がいるのですが、夫は上演を覗き穴から見て、日々、女優の妻に演技のアドバイスをするのです。

夫は地下の覗き穴から、妻である女優が共演者へ隠された恋をしていることを読みとって、夫は共演者に「妻が君に恋をしている」と言う、大人の恋の映画です。この若くては絶対に分からない、大人の陶酔や苦しみ、配慮に、衝動的だけではない、熟成した恋の形を思って、当時、ドキドキしたものです。「マディソン群の橋」よりも、「花様年華」よりも「終電車」は、大人の恋の極地と思った記憶があります。私にとってはそんな全ての情景が映された音楽です。

これはワルツのようなアレンジでいいですね。フランス語が出来ないくせに、日本語歌詞に満足できなくて、邦訳をつけたいと思う曲です。




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お前の首に

頼りになるマドモアゼル福田に次回イベントの打ち合わせをまる投げし、(おい・・・)
私は部屋に篭って、映像を見たり、資料を見たり、文章を書いたり、料理を作ったりして過ごしました。
本を読む傍ら、何気なくi-tuneを起動し、Miles Davisの「How Deep Is The Ocean」を選んで流したら、電流が走ったようになります。時折ジャズの音粒は生活を打ち抜く弾丸として武器使用可能のようです。

生活というのは、本当に大きくて、取り込まれるともう、暖かいし、なまぬるく、ぐるぐる回る洗濯機の中にいるようで、今日も、明日も、私も、貴方も、混沌と生クリーム状になって、世界なぞ忘れてしまいます。だけど、マイルスの殺されたトランペットの音などが、生活を一撃で殺害すると、シンクを磨くマイペットも、電車に吊り下がる週刊誌のキャッチコピーも、複合機のピーという音も、遠くへ消えて、世界を観る目の涙腺が緩みます。

あぁ、私には凍りついたり、溶け出したりするほどの直情があったのに・・と思い出すのです。
音って奇妙なものですね。演出するとき、ついいつも音に頼ってしまうのは、音の不思議さに打たれているからだと思います。

ところで節目の時に、なぜか師匠に会うはめになり・・何か縁を感じてしまうのですが(因縁か・・)
今回、「金色夜叉」で語りの手法を設けて、文楽やら歌舞伎やかの手法を取り入れてやったことをお話させてもらっていたら
「あぁ、それはク・ナウカや。なぜお前はすでにやっていることをやるんや、古い」と言われた。
実を言うと、今回、この語り方式を取り組むにあたり研究したカンパニーの一つがク・ナウカ。

とはいえ、映像も持っていなかったので、動画サイトに上がっている数少ない映像を見るしかなかったのだが・・
ク・ナウカの文字が出た途端、唇を噛んでしまいました。
身近に怖ろしい人がいるということは愉快なことなのかもしれませんが、体力の要ることです。

ク・ナウカの映像
数々の映画、演劇人をダンサーを画家を、魅了するオスカー・ワイルド「サロメ」のワンシーン。
私も好きです。見せ場のヨカナーンの首に口づけする瞬間がヤマ。











ライブ carl stone

カール・ストーンのライブに行きました!!

開始前にディダソーダをひっかけてる私の隣のお席になんとカールが!ええ!こんなに近くに!
「ウィスキー、オヒトツ、クダサイ」って言ってる!
好機!
でも緊張。あぁ、なんてダメな私。
でもカール・ストーン、非常に素朴そうなおじ様。昔読んだ絵本の「ぐりとぐら」に出てきそう。森で迷ったら、家に招き入れて大きな木のお椀とスプーンでシチューを振舞ってくれそう。偉大な人っていつも衒いがないのですね。私なんかゴマ粒ほどの知識でてらいと虚勢ばかりだというのに。

というわけでちょっと話しかける私。
「ええと、カールさん、大阪はどこにステイしてるの?」
「シンサイバシ?私のテリトリーはどちらかといえばキタのエリア」
「音楽イメージのインスピレーションはどこから湧くの?え、東京の街?新宿のゴールデン街?え、っとバーとかアルコールのあるスポット?エスニック料理屋とか、ラーメン屋?・・ラーメン屋?」
「ピンときたらサンプリングするの?録音のツールは何?」
普通、ミュージシャンってテキストとか風景とかスピードとかに揺さぶられて作るものだけど、まさかのラーメン屋!!とは。猥雑なところからの発想かぁ。
ラーメンをずるずるすする音をエキセントリックに感じるなんて、エキセントリック。

ちなみにライブは45分程度の1曲と5分程度の1曲をコールに演奏。

1曲目のサウンドは、弦楽に東洋的なコーラスサウンドを混ぜたエスニック曲。インドあたりの神秘的な雰囲気からスタートして,タイのあたりを通り過ぎ、コーランのような響の中、チベットに行ったり、アラブへ行ったり、
そのうちに音が湿った雰囲気を帯びて、紅海を渡り、ナイルへ行って、アフリカの方へ旅をして、喜望岬へ行って,大西洋を渡って、ココナッツ色の原住民の声が聞こえてくるような、ちょっと世界一周した気分でした。

パソコンを触ってるから何を操作しているのか不明だけど、厳選されたトラックにパンとかボリュームとかエフェクトの類をどんどんかけて、その場で選択することで、臨場感を出していく。

2曲目は、後にカールさんに聞いたところ、タイの古い音源を使用しているとのことだったのですが、まったりしたハワイアンのフラとかガムラン音楽のようなゆったりと漂うリズムの中に突っ込んでくる攻撃的なリズムの2重奏で、この落ち着かなさが不安を煽って、ナーバスが頂点に達したところで音楽が切れました。

音楽って世界体験だなぁと感じるライブでした。

ちなみにカールさんは日本語堪能、難しいところは英語で説明するけれど、聞き取りはだいたいOK。マイ・プア・イングリッシュを後悔することもなく終了。
ライブには「音楽にかけては、私、一言、ありますぞ!」といった人が多かった。

表現活動をしていると、時折、イメージが切れそうになって不安になるけれど、面白い人にあって、面白い表現に触れたりすると大刺激。
こういう刺激が自分を支えてくれてるのですね。

ご来場ありがとうございました

ご来場ありがとうございました。
挨拶遅い!お叱り、ご尤も。
いかに怠けるかばかり考えてる痴れものです。

「金色夜叉」、現メンバーとしては力一杯の作品でした。
当然、その力一杯の自身の実力加減に不満はありますが、
出せる限りは出したという気持ちと共に、
今後も精進せねばならぬことが分かり、頭を垂れながら、頑張りたいと存じます。

とはいえ、素晴らしいゲスト陣に助けていただき、俳優陣が新たな挑戦をし、
若手のメンバーが成長し、スタッフの力が結実し、アート作品として充実した舞台でした。
これも観客の皆様に支えられてるからこそであると感謝します。

紅葉の流麗かつ生々しい文体がレトルト内閣の作品に血のように流れていき、
台詞一つでカッと燃えるような命の存在を感じました。
俳優の体を借りて、あの文体を生きるということ、光や音の粒をからめて彩光を表現すること、
古くからの憧れの人と共に寝るような緊張を持って挑みました。


お客様にこの熱が少しでも伝われば、甲斐のあることと思います。
メンバー一同、心よりありがとうございました。
今後ともレトルト内閣をよろしくお願いします。

金色夜叉オルタナティブ 本日初日

「金色夜叉」いよいよ、本日初日迎えます。
本当にあっと言う間に月日が過ぎます。
「あっ」とか「嗚呼」とか「ギャー」とかいう間に。

美術も立ち上がり、リハーサルも進行し、私も気分はマラソンの最終走者です。
本日はお席、完売しておりますが、当日券は出る予定です。
明日以降はまだ余裕ございますので、どうぞお見逃しなきよう、いらしてくださいませ。

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ご予約はこちらから

金色夜叉

いつもながら、多忙ピークに達する、音・照・映・舞のスタッフ打ち合わせが終った。
いつもより完成が遅い中で、厳しい打ち合わせになったけど、皆が、いつの間にか、以前よりずっとクリエイターで、互いの仕事に理解があり、プランやアイデアを持って舞台を創作しているのを見て、このメンバーが誇らしくあった。長年一緒で、よく喧嘩もし、ぶつかりもあるからこそ、信頼も多い。

帰りに淀川を渡る橋を歩いていると、川面に電車の車窓やらビルの窓やら、街灯やら、色んな光が落ちていた。上を見るとビルの間に月が懸かっている。金色夜叉の金とは、お金のことであるけれど、月の色のことでもある。

悲恋の話として、有名な金色夜叉。
恋とは、何が物狂おしいといって、思うままにならぬ我がこころほど狂おしいものはない。何もかも投げ打ってしまうほど自棄なのに、プライド一つで肝心な一言もいえない。顔で泣き、心で笑い、心で憎み、顔で笑う。思いは自分を離れ、沈み、浮かび、消え、現れ、やがてコントロールを失う。恋は自分だけに見える天国と、自分だけが知る地獄の間を死に物狂いに往来する。髪を振り乱して転ぶ必死の姿は、本人は決死であるのに、外から見れば単な滑稽茶番の物笑いか、時に醜い、時に有害物質。

貫一と宮の歩く、後悔で踏み固められた人生に、狂気の月一つ。ぞっとするほどの思いつめた二人の、または満枝を含めた3人のはるか頭上に見晴るかすのが、冷たい金の月というのが、なんとも怖い。
演出が感情を入れて稽古を見るのはよくないのですけど、時に貫一演じる、よしもとともしよの豊かな表現に、宮演じる、初夏の首筋が美しいのに、満枝演じる、福田の目が透き通るのに、間違いだらけの人生というのは、ああ、愚か。って溜息吐息になります・・・・。

これを見て、好きになった人のことなどを思い出してみてください。スタッフ、俳優が総力あげて、光と闇がチカチカする舞台を作ります。

金色夜叉

いよいよ「金色夜叉オルタナティブ」が眼前に迫ってきました。
予想外のプレッシャーに打ちのめされていましたが、通しをしてダメっぷりに光明が見えたので
開眼してやります。尾崎紅葉の「金色夜叉」は憧れの作品。
その登場人物の人間味の豊かさ、その台詞のコトバの豊かさ、ストーリーのドキドキ、初めて読んだ時、
胸を躍らせてページを繰った躍動感を伝えたいですね。


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「10年後の月が曇ったら、俺の目が霞んで泣いてると思ってくれ」なんてちょっと切なすぎます。

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