刺繍草紙

logs

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

髪結いの亭主 ルコント

ちょうど匂いと香りの中間を右往左往するような・・・

香辛料の、ツンとして、柔らかくて、臭いような、香水と体臭のまじりあったあのなんとも言えなさ

ルコントの名を日本に知らしめた一作だけれども

正直、なぜこれがブレイクしたのかは謎。どこに皆さん惹かれたのかな・・・

この微妙に大人で気だるい匂いを香気と捕らえられるの人はそんなに多くないと思うのですが。日本人の感性を見くびってはいけないのかもしれない。



映像の出だしからは、幼いとき毛糸の水着を主人公が着ていて、それゆえ下半身への感心を深めたという変なもの。続いて町の女美容師が気に入っていたという変わったセカンドエピソードに続く。全体的にかなり展開も構造も独特。


時はうつり主人公は中年になり、理想の女美容師に出会う。髪をさわってもらっている最中に『結婚してください』と呟く主人公、なぜか超美人の美容師は「感動しました」と答えてジゴロの夫婦生活がスタート。ラストは思わぬ引き締まった展開を見せるのだが、このコメディと悲劇と官能と不可思議が混ざり合う感じはなんとも言いがたい。


ルコント作品は髪結いといい「橋の上」といい「仕立て屋」といい、この方の映画はどこかおかしくて苦りきるのです。遠い電話口でジュテームの息の部分だけ聞かされたのような・・・


ちなみに音楽はナイマン、どこかアラビアンな曲調、空々しい効果として盛り上げに音楽を使わないあたりがポイントなのか。





スポンサーサイト

キッチン 吉本ばなな

今日、「子供炬人」という劇団さんを見に行った。5月の白色テロルでゲスト出演してくださった小中さんが出演していらして、王女役をやっていたのだが透明感と個性のある声がキャラクターにはまっていて、あれこんなに可愛い方だったかな(失礼ですが)と思う。歌唱のシーンもあったのだが、港町酒場のシャンソンみたいな雰囲気を醸し出す曲をピンで歌うには厳しく、やはり澄んだ台詞の方がぐっとよかった。作品の中に「おかとうさん」という「お父さん」と「お母さん」を兼ねたキャラクターが出てきて、何か引っかかるなぁと思っていた。先ほど窓をあけたら夜の匂いがしていて、ふっと「キッチン」(吉本ばなな)のえりこさんを思い出した。


「キッチン」のえり子さんというのは肉親をなくした主人公が、諸所の事情で舞い込んだ家の「おかとうさん」、つまりお父さん兼お母さんなのだ。吉本ばななの作品は何作か読んだが、やはり「キッチン」か「TUGUMI」が冴えている。えりこさんというのはいわゆる愛情の「不足」と「充足」といったアンバランスを支配しようと動くキャラクターで、一人じゃ二役出来ない脆さの中にあるひたむきのなのだ。キッチンは夜の部屋の闇が濃い部分をさらりと書いた小説なので思い出したのだと思う。


夜の匂いは皮膚に移植されて、皮膚がものを考える。だから夜はとても感覚的で時間軸が交錯してしまう。

今日はえりこさんがやってきた。朝を待つ時間と考えなければ夜は素晴らしい。

さて、明日というものが憂鬱の代名詞でななくなる日はくるだろうか。



イデビアンクルー

藤と福田のコンビがM1予選を一位突破したらしいという連絡が代表からあった。微妙に間を挟んでいるので真偽よく分からないが、本当ならすごい朗報だと思う。


白色テロルメンバーも忙しくて全集合が難しく、レトルトのメンバーに会えなくて寂しいが、新しいバンドに誘われて新たな仲間が出来ることになった。全員が10年選手のこだわり本格派志向でかなりたじろいでいる。ロックやジャズやR&Bやら色んな畑を渡り歩いて来たメンバーで、はじめから本格派志向など断念して際物路線を狙おうとする自分にとってはいい薬。アンサンブルを重んじて、ほんの機微なことも妥協がない。挫折していたところに更に挫折感を強める結果に陥ったわけだけれども、毒には毒をでいいかもしれない。演劇も音楽も本物に遠く及ばないことを思い知る。


ボーカルの女の子だけは才気ばしった天然肌だが、サポートするプレイヤーたちはとても謙虚で真面目。自分に厳しくて他人には寛容と配慮がある。久々によい人たちに合えたなという実感と共にそういう人柄が音に伝わる感じがとても今の人には珍しくていいとおもう。人柄に対してリスペクトできるという状況は何よりも変えがたいことだ。下手でもせめて心貧しい作品を作りたくない。


昔から変わり者なので疎外されることも珍しくなかったし、グループ心理や家族心理を学んだためか、心の良し悪しについては割と敏感に見てしまう、積極的な悪ではなくて隠された悪についてよく考えてしまう。まぁでもそんな時に思うことは小さい時好きだった若草物語の母が4姉妹に言った言葉「人の文句ばっかりいって、あんたたち自分のことは好きなの?」。小学生のときそれを読んで好きになれないような自分なら、誰かについてつべこべ言うのはやめようと思った。憎むべきはつい上下、損得でものを見てしまいそうになる弱い自身のことだ。


今週はビデオでピナの「カフェミュラー」を見る機会を得て、芸術劇場で「BATIK」と「イデビアンクルー」を見た。ピナは思ったように素晴らしかったけれども、「イデビアンクルー」が印象的だった。一見、旅館での一幕を踊りにした、際物でB級路線なのだが、立体的な舞台の使い方、能を思わす洗練の動線、所作、音楽一つとっても、演出家の辣腕と勉強ぶりが透けてみえてすごかった。The Forsythe Companyから安藤洋子がゲスト出演していて、彼女の動きが一際抜きん出ていたが、固有メンバーの馴染み方の方がいいと思った。変わりもの好きのベースのムッシュに是非見るように通達した後、メンバーの吉本から是非見るようにとメールが入ってきて流石のアンテナの張り方と優しさが嬉しい。


ところで文章を書くと落ち着く。いつの間にかブログで日記を書き、告白をネットに流すということで心理解釈がうわっつらになり、継いで本当の心理まで上っ面になるようなグーグル化脳になんとも言えないロボトミーを感じる。情報が膨大である故に浅い心理に陥らずにはおれない社会に存在することに拮抗すべきか否や。

ノーベル化学賞

 昨日難波の街を歩いていたら日本人ノーベル賞3人受賞の号外が配られていた。そうして今日もノーベル化学賞に下村脩さんが輝いた。小さい頃、偉人の伝記で野口英雄や湯川秀樹などを読んだことを思い出す。何度も失敗して、苦労して、地味な研究を続けて、誰に誉められるわけでもないことをひたすら続ける。


ネットのニュース動画を見ると下村さんがこんなことを言っていた

「近ごろの私の感じでは、難しいことにぶつかるとあきらめる人が多いですね。何かやり始めたらやり遂げてほしいということですね」

Suzanne Vega  「LUKA」

ジェーン・バーキンを聞きながら


自分の人生について振返れば、一番恵まれていたのは人だと思う。

私自身が下らない人間にも関わらず、身の程を過ぎた人に囲まれていた。


サイモン&ガーファンクルを聞きながら


もう何年も付き合っている人たちは概して

陽気に騒ぐ人たちよりも、片隅に蹲っている人の隣に座るような人たちだった

全ての人間が同じく恵まれた境遇に生きる人たちではないということを分かっていた。

完璧な人はいないし、いなかったけれど

弱いから手を差し出せないでいる自分をよく見つめてしまうような人たちだったり

つい差し出して、引っ込めたり、おどおどしていた


ベルセバを聞きながら

トマス・フェルゼンを聞きながら

スザンヌ・ヴェガを聞きながら


遠い世界の声から誰かの聞こえるような気がする



 僕の名前はルカ

 二階に住んでいるんだ


 夜中に泣いたり叫んだりするような声が聞こえても

 何も聞かないで


 (「LUKA」 スザンヌ・ヴェガ)

勅使河原三郎

昨年出演いただいた上田さん宅でPARTYがあった。1年ぶりぐらいにあうゲストや、久々に会うメンバー達たちは本当に素敵な人たちで、彼らをよいメンバーだと思えば思うほど、私は私でで人間にはどうしてもある隔たりや自分サイドの精神が悪いために嫌悪してしまう状況に、もう望むことはなく、生きていたくないというようなくらい気持ちになる。


上田さんの料理はアートの域で、色彩も香りも鮮やかで美味しい。控えめな工夫や手間がかけられていて、それを感じることが出来る。マイナス面を図るような細やかな気遣い、というか優しさや「人間の数字的軸では図れない曖昧な部分を探すような作品がすきなのです」って語ってくれた彼を前に、自分の存在は非常に不良だ。


資格ということについて考える。彼らと共にいる資格・・・創造する資格・・・生きる資格・・その資格というものを持ち合わせてないような気がしてる。そんなことを話して上田さんを困らせてしまった。本当によくない。先の舞台で「罪という名の許可書を持って」というフレーズがあったが、それをそのまま自分の言い訳として生きていること自体も嫌悪する。暫く闘っているのだけれど、どうにもますます精神状態がよくないみたいで、人に会える状態ではないのに出かけたりするのはまったくの困惑だ。悪いとは思いながら、精神的にギリギリになってはやばやに帰って、更に嫌になってしまった。


新日曜美術館を見ていたら、横浜トリエンナーレで勅使河原さんがガラスの破片の四方体に囲まれて踊っていた。それを見ていたら涙が出てきた。硝子に跳ね返ってゆっくり動く身体の陰影が時間の渦をゆるやかに割っている。どうしてこんなにも哀しいようななんでもないような感じで踊るのだろう。


このごろはどんどん精神が退化していくようだ。舞台をはじめる前、内向きで閉塞的で、弱いくせにありがちにプライドが高くて、他人の嫌な部分に鋭敏な10年以上前の自分に戻っていく。


ふっと終わりの方に向っていく背中が浮かぶ。それを後押しするように勅使河原三郎が踊る。ある形の美術は今は耐え難い。過去を呼び覚まして、トラウマを復元する。


横浜トリエンナーレ2008

http://yokohamatriennale.jp/2008/ja/




Blankey Jet City

 将来僧に成って結婚して欲しい
 毎晩寝具で遊戯するだけ
 ピザ屋の彼女になってみたい
 そしたらベンジー、あたしをグレッチで殴って(丸の内サディスティック)「椎名林檎より」


の「ベンジー」とはBlankey Jet City のギター兼ボーカリスト浅井健一のこと。

というのは林檎ファンなら誰でも当たり前に知っている話なのだけれども

そのBlankey Jet City ・・・浅井健一とは

椎名林檎が無人島に持っていく一枚にあげるのも頷けるほど

卒倒しそうな遠き香る君。

源氏物語の頭中将とかが今世紀に生きているならこんな感じかしら。

BANANA FISHのアッシュがギター弾いたらこんな感じかしら。

アルセーヌ・ルパンの若き自暴自棄な恋はこんな感じかな


吉井和哉は発情期の猫

ジム・モリスンなら出なくなった鳥の心の啼声

イオン・カーティスは上手くまわらなくなったテープレコーダー


浅井健一は・・・・ゴミ捨て場でいきなり歌う壊れたバイオリン・・・なんて例えてみたりして**なんだかタガが外れそうな魅力を分析・・・というか以下に羅列



とにかく永遠の不良少年・・・・めいっぱい空気を吸ってやるぜ・・・やってられないぜ、悪いことしたいよ!みたいな少年の無茶苦茶。これがないと惚れたりしない。


 街中のビルに落書きをするぜ

 真赤なスプレーで落書きをするぜ

 しあ、わせに、なり、たいと(不良少年の歌)



現代のハードボイルド・・・・「あんたには関係ないし」なんて言われたら、心底おかしくなりそう。女には絶対分からない、その境界線からみえる背中が切なさの原因かも・・・・


 hey,Mr Policeman 未来はピストルを必要としない

 内気なカンガルーに酸素を与えてやってくれないか

 リムジンに火をつけて踊ろうYeah

 パーティは永遠に続くOh(ロメオ)


めいっぱいのぎこちない愛し方・・・・そんな不器用と器用さを織り交ぜて投げられたら即卒倒するのです


 流れ星一個盗んで

 目の前に差し出した時の顔がみたい


 OH 愛という言葉に火をつけて燃え上がる

 いくらか未来が好きになる (赤いタンバリン)




Englishman in New York

裏情報だがレトルトメンバーの藤とゲストの福田嬢がお笑いコンビを組んで、M1制覇を画策するという意味の分からない企画を立てているらしい・・・、「あんだんて」の茜嬢はもはやライフワークのように取り組んでいる空羽のゲスト出演のリハに多忙のようだ。メンバーそれぞれに精進に余念がない。近々、代表のバースデーが市内某所のスペシャルな場所で開かれるため、皆に会うのが楽しみだ。


ところで、私は日和と大人のやばい絵本企画を水面下で進行しつつ、メインで演奏に力を入れているのだが、テロルメンバーのムッシュが「カナリア」という楽曲をボサノバVER.にしようと言い出したので、メンバー全員、とりあえず小野りさの「イパネマの娘」あたりからスタートして必死にボサノバ研究をはじめた・・・


そこでCDを探しているうちに、洋楽のナンバーをカフェミュージック風にアレンジした楽曲からかなり可愛いものを発見した。「commendation~Softry」というアルバムでジャミロクワイの「Space Cowboy」とかマイケルジャクソンの「ROCK WITH YOU」、シンディ・ローパーなんて好みのレパートリーがアレンジされている。カバーしているのは色々なシンガーだ。


で、中でも素敵なのがStingの「Englishman in New York」のカバー!カバーしているのは羊毛とおはなというディオで全く知らない方だった。ギターとアグレッシブなベース一本で、英語なのに仏語のような感じに歌う癒し系ボーカルが乗って渋くて可愛い。


StigといえばRachel Zというジャズトリオが「Fragile」をジャズアレンジでカバーしていて、あまりのカッコ良さに本物よりもよく聞いたのだけれど、今回発見した「Englishman in New York」、カフェミュージックVER.も可愛らしくていい。もともとStingの中ではこの2曲が一等好き。


こういうストレンジャー感覚というか、スティングの異邦人感覚の哀愁じみた感じは爽やかにやるとよりいいのかもしれない。


I’m Englishman in New York・・・

Be yorself. No matter what they say


Paging Navigation

Navigations, etc.

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。