刺繍草紙

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グリム2008 初通し

「グリム2008」、初通しがなんとか通った。期待よりも完成度低く、シビアなきっかけが多いだけに、楽譜とつき合せてやきもきしながら殆ど本から顔を離せない状態が続いた。ランタイム長くない作品ではあるが、ある意味限界の時間である。


昨日は音響のshinomyと舞台監督の奥田さんが来てくれたので、ようやくもって具現化できそうな心強さである。shinomyとはもう数年来の付き合いで、作品を理解してシビアかつ柔軟なアドバイスをくれる。こちらの要求も年々増す一方、彼も年々、腕をあげ応えてくれる。なんといっても作品を好んでくれることがプラスの方向へ向わせる上でよい役割を果たしているのだと思われるl。音ありきの作品世界に傾いている昨今、彼なしでは作品を作りえない。今回も楽曲自体のアドバイスにはじまり、音を構築する様々な側面から身体、演技に及ぶまで問題点を提示してくれた。


彼の与えてくれた課題を解消すべく朝から曲を再構築する。通しと思うと緊張が走り朝から身体を固くして作業していたらしく変に全身が痛い。ギリギリまで作業し、万全の準備のはずが要の曲のテンポを間違って録音してしまいがっくり・・・。


メンバーにも緊張が見え、台本をギリギリまでチェックしている。今回も赤頭巾と白雪役の藤と松本が八面六臂に活躍して、裏方から新人教育からこなす傍ら、客演さんの対応からこなす上、俳優としても大きな存在感で、安定した演技をみせ、きっかけも間違いなく押え、舞台をリードしてくれる。そのうち私のやることなどまるでなくなりそうな勢いだ。


というわけで照明、映像、バンドメンバーも揃い、波乱の中での通しとなった。お蔭さまで今日は胃が若干痛い。

朝からノイローゼになりそうな音地獄だったので、ただただ静かにじっとしていたい。

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存在の耐えられない軽さ

「存在の耐えられない軽さ」という本がある

数年前、長く旅に行くとき、一冊本を持っていくことにして、この一冊を選んだ。


「重さはおそろしいことで、軽さは本当に素晴らしいことなのか?」

ミラン・クンデラのこの逆説は私を虜にした。

テレザの恋人であるトマーシュという人物は、スマートで優しい男性であったが、ひどい浮気癖があった。テレザはそのせいで、とても苦しんだ。トマーシュはテレザを愛していたけれども、浮気はなおらなかった。トマーシュ自身も不可解であった彼の軽さはテレザを苦しめた。


作者は、彼の「軽さ」というものに光をあてて彼をはじめて理解することが出来ると言っている。それが「存在の耐えられない軽さ」の重さなのだ。


いつか重さと軽さを裏表にして、それが心臓のように鼓動して息吹く世界を構築するような作品を作りたいと思っていた。今回の「グリム2008」はまさしくその主題に取り組んだ作品である。シーンのあらゆる所で、重さと軽さが交互に交じり合う。


今日、娘役の睡蓮から「軽薄にやればいいのか?」という質問状がやってきた。重い軽薄をやらなくてはいけないよね、と答えた。娘のセリフにこういう部分がある。「人生という紙風船よ、浮かぶけど・・・浮かぶけど、何も考えたくない無重力だよ、HO!やばいやばい」


今日、限りなく軽い関係に終止符を打ってみた。安易な感情と深さのない関係は、吹けば風のように軽くあっけなく、変わってかつてないほどの重さがやってくる。何も考えられないという無思考の重み・・・。ピリオドという簡単な点一つは、見逃しがちな小さすぎるドットで、しかし後の続かないシビアさ・・・しかし中にあったのは空白だけ。人生の中に、多くの文章が書かれているとして、何もない空白の一行がそこにあったとき、それはどれほどの深遠を意味するのだろう。


今年に入って連発する無差別殺人、軽さと重さの絶え間ないせめぎあい。人が殺された秋葉原で現場の状況を写メする心無い人たち。「誰でもよかった」という言葉。「誰か止めて欲しかった」という殺人予告。


「重さはおそろしいことで、軽さは本当に素晴らしいことなのか?」





悪徳の栄え

稽古もいよいよ本格化。あまりの段取りの多さに必要以上(必要かもしれない)にびびる。頭の悪さを露呈しまくり、生まれてきた瞬間からの後悔が始まる。



ところで、昔は夢中になった衒学趣味・・・コクトー・ワイルド・三島・乱歩・夢野・サド・・・・から久しく遠のいていた。思えば衒学趣味のきっかけは芥川の「地獄変」、舞台では寺山の「毛皮のマリー」に端を発していたように思われるが、その作品以前に自分の衒学趣味のルーツがどこにあるかは謎である。どこで何に教育されたものやら、それとも血の中で眠っていたやら。


日本の衒学趣味といえば、実相寺監督ということで、久々に「悪徳の栄え」を見る。言わずと知れたサディズムに由来するサドの原作を、演劇の岸田理生が脚色し、実相寺監督が撮ったもの。久々に見ると衒学ワールドに郷すら覚える。「ツィゴイネルワイゼン」やら「双生児」やら「エマニエル夫人」、「O嬢の物語」やらの官能か、美か、それともおぞましさかというところに降りていきたくなってしまう。


岸田理生の珠のような言葉繋ぎは流石の美しさで、岸田の描く特徴である日本の因習や女というものがクローズアップされる。昭和の上流階級の下卑た感じと、女の浅ましさが相俟って、サドの通低とリンクさせてうまく胸につっかえる感じだ。舞台という空間を虚構と描き、しかし世界を舞台化させることによってその虚構を現実に持ち込んでいる。


「あなたが私を教育なさいました」と男に告げ、別の男に抱かれて滅びていく女の憔悴がなんとも嘘っぽくて、女というもの自体が嘘真似なのだと哀しい。


「昼は聖女、夜は娼婦、そんな演技をさせてやれる男が素敵」という言葉が誰のであったか忘れたが、そんな呆けた世界の尺度がよい。



グリム2008バンド練習



本日のグリムバンド練習で、このよふなものを茜嬢にいただきました・・・。恐縮です。


本日グリム2008の演奏部門に、素敵なゲストが一人加わりました。特設サイトのアップをお楽しみに。





ご来場ありがとうございました

昨日の白色テロルライブ、無事に成功いたしました。


素敵なゲストボーカルを迎えることが出来、よりパワーアップしたライブを打つことが出来ました。


ご来場してくださったお客様、ありがとうございました。

舞台関係者、音楽関係者、宣伝関係者の皆様には応援、助力ありがとうございました。

とりわけレトルト内閣メンバーの皆様には宣伝から、撮影、応援まで色々助力いただきありがとうございました。

差し入れなどもいただき、ご厚誼ありがとうございました。


きてよかった、楽しかった、耳に残る音楽ですね等との声をいただき本当に嬉しく思っています。

会場でCDなどを是非入手したいという声もいただきました。今後レコーディングなどもやっていきたいと思っています。今後も白色テロル、新たな活動を展開してまいりますので応援してください。


さて次回の予定は8月のレトルト内閣の「グリム2008」となっています。

こちらは素敵な特設サイトを設けております。今回は不肖三名もパフォーマンスいたします。

こちらもなかなか奇想天外な舞台となっております。是非チェックしてくださいませ。


http://www.retoruto.com/grimm2008/index.html




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